存在しないはずの六畳間

存在しないはずの六畳間

朝の電話と一通の地図

匿名の依頼人と旧家の相続

朝、事務所の電話が鳴った。眠気まなこで受話器を取ると、相手は名乗らず、「図面にない部屋について調べてほしい」とだけ言い残して切れた。
怪文書のようなファックスが続いて届き、そこには古びた地図と、赤鉛筆で囲まれた一角。どうやら旧家の相続に関する問題らしい。
こんな日はサザエさんの再放送でも観ていた方がマシだ、と思いながら、依頼に乗るしかない状況にため息をついた。

図面と現実の不一致

サトウさんの冷静な指摘

「この図面、おかしいですね」
サトウさんが言うときは、たいてい何かが隠されている。彼女は間取り図を三枚並べて、何度も定規で確認していた。
「西側の壁、測量と一致しません。中にもう一部屋ある計算です」
僕はその言葉を聞いて、一気に眠気が吹き飛んだ。やれやれ、、、また厄介な相続のにおいがする。

現地調査と謎の壁

タンスが塞ぐ不自然な空間

依頼人が指示した廃屋に着くと、そこは昭和中期の木造二階建て。風の音とともにミシミシと鳴る床。
西側の部屋には大きなタンスが壁に沿って鎮座しており、その後ろはまるで開かずの間のような雰囲気。
「このタンス、固定されていませんね」サトウさんがひょいと持ち上げた瞬間、奥にうっすら見える木枠の跡が現れた。

かすれた手書きのメモ

「ここは壊すな」と赤鉛筆

タンスの裏から現れたのは、封鎖された古い障子戸と、壁の隅に書かれた赤いメモだった。
「ここは壊すな。記憶は閉じ込めた」
かすれた字に、何かを抱えた人の哀しみが滲んでいた。この部屋がなぜ図面から消されたのか、少しずつ分かりかけてきた気がした。

聞き取りと噂話

誰も知らないはずの六畳間

近隣の住人に話を聞いてみたが、皆一様に「そんな部屋、なかったと思う」と首を振る。
しかし一人だけ、昔をよく知る婆さんが「ああ、あの家には昔、離れのような部屋があったわよ」とぽつりと言った。
それが事件の核心であると、僕もサトウさんも直感した。

昔の住人と封印された過去

ある兄妹の悲しい履歴

調査を続けるうちに浮かび上がったのは、亡くなった家主には生き別れた妹がいたという話だった。
その妹は若くして精神を病み、家の奥に隔離されていたという。世間体を気にして、家族はその部屋を「なかったこと」にしたのだ。
彼女が亡くなったのち、部屋ごと封印され、図面からも意図的に消されたらしい。

深夜の侵入と内部調査

やれやれ、、、古い木造は音が響く

深夜、再び現地に入り、封鎖された部屋の戸をこじ開ける。
ギィ、、、という音とともに現れたのは、埃だらけの六畳間。少女趣味の家具がそのまま残っていた。
「やれやれ、、、古い木造は音が響くな」そうつぶやきながら、僕は畳の隙間に目を凝らした。

床下に残されたもう一つの印鑑

本当の相続人はどこに

畳をめくると、小さな缶の中に封筒と印鑑が入っていた。
その封筒には、妹が亡くなる直前に書いた手紙と、自分名義の財産放棄届が入っていた。
だが、そこには彼女が遺した子どもがいたことも記されており、相続権はその子にある可能性が浮上した。

サトウさんの逆算と思考

部屋の寸法から導く真相

「この部屋の寸法、妙ですね」
サトウさんは隣室と廊下の長さを定規で測り、ミリ単位で計算し始めた。
「一部の壁が増設されています。つまり、妹の子どもをさらに奥の物置に隠していた可能性があります」
彼女の冷静な推理に、僕は完全に脱帽した。

司法書士の推理と法的判断

誰が、なぜ、部屋を隠したのか

当時の家主は、妹の病状と子どもの存在を隠すため、図面を改ざんし登記も意図的に誤魔化していた。
これは公正証書原本不実記載にも関わる問題だが、関係者はすでに他界している。
僕の役目は、真実を記録し直すことだけだった。

再登記と書き換えられた記録

図面に戻ったはずの六畳間

数週間後、管轄法務局にて、建物の登記変更申請を無事完了させた。
書類には、六畳の部屋が明記され、法的にも“存在する部屋”として復活した。
地味な仕事だが、司法書士としての責務を果たした気がした。

真相の告白と小さな涙

記憶に封じた家族の姿

ある日、事務所に現れた若い女性が、自分の母がかつてあの家に住んでいたと語った。
彼女はその手紙と印鑑を見て静かに涙を流し、「ありがとう」とだけ言って帰っていった。
名乗りもしなかったが、たぶんあの子なのだろう。

静かな帰路とラジオの声

「今日の特集は空き家問題です」

帰り道、車のラジオから「今週の特集は空き家問題と相続トラブル」と聞こえた。
やれやれ、、、タイムリーすぎて笑ってしまう。
助手席のサトウさんは無言で目を閉じていたが、少しだけ笑った気がした。

もう一度だけ図面を見返して

今度は部屋を忘れないように

事務所に戻り、改めて提出済みの図面を見つめた。六畳間が確かに記載されている。
「存在しなかったことにされた部屋は、ようやく記録に戻った」
司法書士という職業の意味を、また少しだけ感じられた気がした。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓