登記簿にない小屋の秘密

登記簿にない小屋の秘密

古びた倉庫と不動産売買の依頼

その日、僕は珍しく午後の時間に余裕があった。事務所でアイスコーヒーをすすっていると、サトウさんが無表情で「新しい売買の相談が来ました」と言って書類を差し出した。依頼人は町外れにある古びた土地を売却したいらしい。

ぱっと見、何の変哲もない土地。だが、登記簿に記載されている建物の情報が妙に少なかった。建物は母屋一棟。それだけだ。けれど、現地の写真には倉庫のような建物も写っていた。

「これは……附属建物が未登記ってやつか?」僕は鼻を鳴らした。面倒の匂いがした。

田舎町にある風変わりな土地の売却相談

現地は田園に囲まれた静かな土地で、近所の人影は少なかった。依頼人の老夫婦は「倉庫?ああ、前の持ち主が建てたけど、もう潰れたはずです」と曖昧な返答をした。

だが、写真にはしっかりと壁と屋根が映っていた。瓦もまだ新しい。いくら何でも「潰れた」は無理がある。僕の眉間に皺が寄る。

「なんでこんな曖昧なんだ……?」依頼人に悪意はないように見えたが、隠し事をしている顔でもあった。

売主が主張する存在しない建物

登記簿にはそれらしき附属建物の記載はなかった。確認済証も検査済証もない。役所に建築確認を取った形跡すらなかった。

しかし、それは「なかったことにしたい理由」があることを意味していた。なぜ誰も小屋の存在を語りたがらないのか。

僕はその土地の過去の所有者をたどることにした。サザエさんで言えば、波平さんが「それはな、昔の話じゃ」と言い出すような、そんな古い話の匂いがした。

サトウさんの冷静な指摘

「附属建物がない割には基礎が残ってますね」サトウさんはスニーカーのつま先でコンクリートを軽く蹴った。

確かに、基礎が妙に新しい。少なくとも3年以内に造られたように見える。雑草の生え具合も、完全には覆いきれていない。

僕は一瞬、サトウさんの目を見て「あなた、元探偵ですか?」と聞きたくなったが、冷静なまなざしで黙殺された。

登記情報と現地の不一致

役所に確認しても、建物の除却届は出ていなかった。ということは、取り壊しの履歴もない。なのに「倉庫はない」と主張する売主。

これは故意に「建物を消した」誰かがいる可能性が高い。僕の中で、司法書士の血が騒ぎ始めた。

「まさか、登記簿の外側で事件が起きてるってことか……」

謎の取り壊しと消えた建築記録

町役場の資料室で、過去の固定資産税台帳を調べる。すると、3年前までは「附属建物あり」と明記されていた。やはり存在していたのだ。

しかも、その頃の所有者は失踪扱いになっている男性だった。さらに怪しい。建物の消失と失踪、偶然とは思えなかった。

登記の外で、確かに何かが起きていた。

過去の航空写真で見えた影

国土地理院の航空写真で数年分を比較した。3年前の画像には、小さな屋根が確かに写っていた。次の年から、忽然とそれは消えていた。

消された建物。登記簿にも、現場にも、記録がない。けれど「空からの証言」は消せなかった。

やれやれ、、、また厄介な依頼を引いてしまったな。

元所有者の突然の失踪と噂

地元の不動産屋がぽつりと漏らした。「あの小屋、変なもん隠してたって噂だったんすよ。なんか金庫とか……」

金庫?そんなものがあるなら、誰かが隠したままにしておきたかったのかもしれない。誰かが、確実にその存在を“消した”。

僕は直感で、小屋のあった場所をもう一度掘ることを決めた。

近所の証言で浮かび上がる疑惑

「夜中にトラックが来てたよ。建物壊して、なにか運んでた。」近所の爺さんの証言は決定的だった。

警察沙汰にせずとも、この土地に何か重大なことがあったのは確かだった。

登記簿には書けない真実。それが地面の下に埋まっている。

小屋の下に埋められていた記録

日を改め、敷地の基礎部分を掘り返すと、古びたスチール缶が出てきた。中には帳簿、写真、そして一通の手紙が入っていた。

「この倉庫は、私の過去を封じるためのものだった。」という文面。かつての所有者が誰かに宛てた告白だった。

犯罪の証拠こそなかったが、十分に“登記簿から消された動機”はそこにあった。

床下から出てきた封筒と謎の資料

封筒の中には、土地の境界線を意図的にずらした設計図が入っていた。隣地をわずかに侵食していたのだ。

小屋の存在そのものが、不正の隠蔽に利用されていた。だからこそ、消す必要があった。

僕は資料一式をコピーし、依頼人には「倉庫は確かに存在していたが、除却されたようです」とだけ伝えた。

附属建物が隠した真実

建物がなかったことにされていた理由。それは、所有権をめぐる争いと不正の痕跡を覆い隠すためだった。

司法書士として、僕は“法的には問題のない整理”を終えた。けれど、人の記憶と嘘までは整理できない。

附属建物は、ただの倉庫ではなかった。それは罪と秘密の保管庫だった。

小屋はある人物のアリバイ装置だった

さらに後日、警察が別件で調べていた失踪事件の関係者がこの土地に関与していたことが判明した。あの夜のトラックの目撃談も、裏付けになった。

小屋があったことで「そこにいた」と主張できた人物。だが、もうその建物は存在しない。

アリバイも一緒に消えたのだ。

司法書士シンドウのひらめき

「登記簿にないってことは、なかったことにしたい奴がいるってことさ」自分で言って自分で疲れる。推理小説にでもなりそうなセリフだった。

だけど現実は小説より地味だ。土にまみれ、ホコリまみれ。地味に証拠を拾い集めていく日々だ。

やれやれ、、、俺はいつから探偵役になったんだろう。

塩対応サトウさんの決め台詞

「やっぱり証拠は現場ですね。机の上だけじゃ何も解決しません」サトウさんは帰り際にそう言い残し、事務所に先に戻っていった。

その背中に、少しだけ名探偵コナンの哀ちゃんを重ねたのは秘密だ。

僕は深く息を吐いて、土のついた手帳をそっと閉じた。

最後に明かされた真相と結末

登記簿から消された附属建物は、確かに存在していた。そしてそれは、人の罪と記憶の象徴だった。

法の外で消された過去。それでも司法書士は、静かにその痕跡を追いかける。

事件は終わったが、僕の仕事は続いていく。次はどんな“消されたもの”と出会うのだろうか。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓