消えた番地に潜む影

消えた番地に潜む影

不動産調査の依頼

その日、事務所にひょっこり現れたのは、どこか影のある中年の男だった。名前は大岩という。差し出されたのは一通の登記簿謄本だったが、そこには不自然な空白があった。

「この地番の隣に、昔もう一軒家があったはずなんです。でも今はどこを探しても地番が見つからないんです」

妙な話だった。登記簿に空白?それはまるで、名探偵コナンでコマが一つ飛ばされたような違和感だった。

妙な登記簿が持ち込まれた朝

サトウさんがコーヒーを片手に無言で登記簿を覗き込む。目つきがいつにも増して鋭い。これは「当たり」の案件かもしれないと、僕の胃がぎゅっと縮んだ。

「この地番、連番のはずなのに一つ飛んでます。何か隠れてるわね」

塩対応ながら頼りになる。僕はとりあえず大きく息を吐いた。やれやれ、、、また妙な話に巻き込まれそうだ。

依頼人の不安げな視線

大岩の目には何か強迫観念めいた焦燥が宿っていた。話を聞くと、亡き父の残した古い地図には、確かに「消えた地番」に家が描かれていたらしい。

「その家が、相続から抜け落ちていたとしたら……僕には兄がいます。でも兄は……行方不明なんです」

これはただの土地トラブルじゃない。相続、そして何か過去の因縁が絡んでいる匂いがした。

消えていた地番

法務局で登記簿を再度確認すると、確かに対象地番が欠番となっていた。その直前と直後の地番は通常どおり存在していた。

まるで「ピッコロが悟飯をかばって消えたシーン」のように、そこだけがごっそりと抜けている。

これは偶然ではない。意図的に地番が除かれているのだと直感した。

登記簿にぽっかり空いた番号

通常、地番が飛ぶことは珍しくない。合筆、分筆、整理などで整合性が取れない場合もある。しかし、このケースは妙だった。

関連する閉鎖登記簿にも、その番地の履歴が見当たらない。まるで最初から「存在していなかった」ことにされていた。

しかし、人は消せても、記憶は完全には消せない。地元に何か痕跡が残っているはずだ。

地図にも記録にも存在しない土地

昔の住宅地図も調べてみた。昭和55年版には、そこに「大岩家離れ」と記されていた。

平成以降の地図からはその記載が消えていた。まるで、物語の中の消された章のようだった。

僕の頭の中で、探偵アニメのオープニングが流れ始めた。謎解きの時間だ。

調査の始まり

僕とサトウさんは、法務局の古参職員・岡田さんを訪ねた。記録に残らないような事例でも、口伝えなら知っているかもしれない。

「ああ、その場所ね……昔、何かあったんだよ」岡田さんは口を濁す。が、それだけでも十分なヒントだった。

情報には煙がつきものだが、その煙の先には必ず火がある。僕たちはその火種を探しに動いた。

ベテラン職員が口を濁す理由

岡田さんは最後にこう付け加えた。「あそこは火事で焼けた家があってな……だが、それだけじゃない」

火事と登記の抹消に関係がある。誰かが意図的にその場所を「なかったこと」にしたのではないか?

ふと、僕は過去に扱った不正登記の案件を思い出した。手口は似ている。誰かが土地を隠したがっているのだ。

地元の古老の証言

僕らは現地に足を運び、近くの商店を営む老婆に話を聞いた。老婆は言った。「あそこの離れは、兄弟げんかの末に火が出たんだよ」

「大岩家の兄さんの方が、自分の取り分が気に入らなくて、弟に火をつけたってねぇ……」

話は思った以上に生々しかった。そして、登記から地番を消す動機として十分だった。

火事と土地の抹消の関係

その火事の後、兄は行方をくらまし、土地は「焼失」を理由に抹消された。しかし、それは正式な手続きではなかった。

何者かが、相続争いの末に「土地ごと兄の存在」を消したのだ。裁判所記録には兄の名前が残っていた。

やはり、まだこの土地には名義人がいた。依頼人の大岩が相続できる状態ではなかったのだ。

サトウさんの洞察

「地番が消されてるってことは、誰かが手を加えてる。普通じゃないわよ」

サトウさんの推理が鋭く突き刺さる。「でも、こういうのってね、誰かが戻ってくるってフラグでもあるのよ」

彼女がファイルをトンと机に置く。そこには、兄の筆跡と一致する書類があった。

地番の空白と権利者の関係

なんと兄は、生存していた。しかも、数年前に別の司法書士事務所で「遺産放棄」の意思確認をしていた記録が見つかった。

だが、それを知っていたのは当時の担当司法書士のみ。大岩家の内部では共有されていなかった。

サトウさんは言う。「つまり、隠してた人間がいたってこと。放棄した証拠を出さなかった誰かが」

現地調査と真実

土地を実地で確認すると、草むらの中に古井戸の跡があった。かつてそこに家があった証明だった。

井戸の脇に、朽ちた表札が埋もれていた。「大岩 零」と読めた。それは兄の名だった。

土地も、記憶も、完全には消せない。表札は語っていた。ここに、確かに生きた人間がいたのだと。

登記から抜け落ちた理由の正体

調査の結果、兄の放棄を証明する書類を正式に提出することで、土地は依頼人のものとなった。

ただし、そこに建てることはもうできない。防災上の理由で、自治体が建築を制限していた。

大岩は肩を落としたが、それでも「兄が生きていた」と知れただけで充分だったと言った。

やれやれ、、、最後は僕の出番か

書類を整え、登記手続きを終えた僕は、静かに椅子にもたれた。やれやれ、、、また地味だけど奥深い仕事だった。

サトウさんはいつもどおり帰り支度をしていた。「今日はラーメンでも奢ってください」

……それは報酬のつもりか?まあいい、夜風が少しだけ涼しく感じた。

事件の結末

地番の空白は埋まった。いや、正確には空白の理由が明らかになっただけだ。

消えた土地の記憶は、登記簿の隙間に確かに残っていた。誰かがそれを埋め直さなければ、歴史も人も消える。

僕たち司法書士の仕事とは、そんな「記憶の代理人」なのかもしれない。そう思った帰り道だった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓