不自然な日付
登記申請書に刻まれた違和感
机の上に積まれた書類の山。その一番上に置かれていたのは、どこにでもあるような相続登記の申請書だった。だが、ふと目に入った日付に、俺は眉をひそめた。そこには「令和六年四月三十一日」と印字されていた。
「……おいおい」とつぶやきながら、カレンダーを確認する。四月は三十日までしかない。なのに、この書類にはありえない一日が存在していた。うっかり入力ミスかと思ったが、内容は異様に丁寧で整っている。
俺の背後から、冷たい視線が突き刺さった。「また何か見落としてますね?」サトウさんだ。うっかりを見逃さない、俺の事務所の最終兵器である。
依頼人の動揺
高齢の地主が残した一通の手紙
申請書を提出してきたのは、地元で長年畑を管理していたという老人だった。だが、その本人は数日前に急死。代理でやってきたのは甥を名乗る男で、登記に必要な書類一式と、封をした手紙を持参していた。
「おじは死ぬ直前までこの登記にこだわってました。日付も、本人がわざわざ指定したんです」と甥は言った。俺は手紙の封を開け、読んでみた。そこには、短い文が残されていた。
《日付には意味がある。四月三十一日こそが真実を示す。》
サトウさんの冷静な推理
塩対応の奥にある鋭い分析
「四月三十一日なんて日、存在しないんですよ。ふつうは気づくでしょう」とサトウさんは呆れた顔で言いながら、既に手は動いていた。彼女は法務局のデータベースと公図をにらみつつ、旧記録を洗い直していた。
「この登記、平成の初期に一度申請されかけてる。でも、手続きは完了していないんです。そのときも日付が……ずれていたんですよ、昭和六十四年一月八日って」
「それ、平成の最初の日やん」と思わずツッコミたくなったが、サトウさんは無視して続けた。
過去の登記簿を遡る
昭和の記録に潜む数字のズレ
俺は法務局の閉架資料を開いて、昔の登記簿を確認した。あの土地には一度も相続登記が行われていないはずだった。だが、昭和四十五年のページに、鉛筆で書かれた訂正跡が残っていた。「四月三十一日」の文字が、うっすらと見える。
「こいつ……過去にもあったのか?」昭和の頃から、存在しない日付で書類が作られていた。偶然とは思えない。一体何のために、そんな細工を?
まるで「時を止める装置」のように、日付の異常が真実を隠していた。漫画『ジョジョ』だったらスタンドの仕業に違いない。
司法書士シンドウの現地調査
田舎道を走る軽自動車とため息
俺は軽トラで例の土地へと向かった。田舎道を抜けた先にある畑。すでに手入れはされておらず、枯れた雑草が風に揺れていた。近くには朽ちた農具と、使われていない小屋。
「やれやれ、、、また靴が泥だらけだ」独り言をつぶやきながら、足元をぬかるみに取られつつ進む。小屋の中に入ると、壁に張られた古びたカレンダーが目に入った。
昭和四十五年。だが、そのカレンダーには……確かに「四月三十一日」が書き込まれていた。
真実に近づく
誰が日付をずらしたのか
おかしい。カレンダーに余計な日付を書いたのは誰か。周辺の住民に聞き込みをしたが、「あの地主は数字にうるさい人だった」との証言ばかり。そして、その人物がなぜか毎年「四月三十一日」にだけ畑に入っていたという話が出てきた。
「存在しない日を使えば、記録に残らない作業ができるってことか……?」
つまり、誰かが土地の使用を秘密裏に続けるため、登記や記録に残らない“空白の一日”を作っていた?
遺言に仕掛けられたトリック
「四月三十一日」は生存の証
サトウさんが言った。「たぶん、その日は本人にとって“生きていることを証明する日”だったんですよ」なるほど、遺言を残す直前に、あえて存在しない日付を使って「私はその日にはまだ生きている」と印象づける。結果、死亡日が錯誤扱いされ、登記は宙に浮く。
「じゃあ、生きてたのか……?」と俺が呟くと、サトウさんは冷たく「さすがに幽霊では申請できません」と言った。
しかし、本当に死んでいたのかどうか、証明はできない。数字の操作によって、彼は“死ななかったこと”にしていたのかもしれない。
最後のピース
亡くなったはずの人物の影
調査の結果、地主の名で申請された別の登記が見つかった。申請日はやはり「四月三十一日」。ただし、手書きの申請だった。筆跡を調べたところ、それは甥のものと酷似していた。
つまり、「死んだはずの叔父」を装って、自分に土地を渡すために数字のトリックを使っていたのだ。幽霊ではなく、詐欺師の手口だった。
「うまいこと考えたもんだ……でも詰めが甘いんだよなぁ」俺はそう呟いた。
事件の解決
数字のズレが示した犯人
登記は無効とされ、甥は詐欺未遂で逮捕。申請書類に不自然な日付を使用したことが決め手となった。数字のずれ――それが、真実の扉を開く鍵だった。
「たかが一日、されど一日……ってやつだな」と俺が言うと、サトウさんは「あんまりうまくないですね」と冷たく返した。
事務所に戻る夜
サトウさんの一言に黙りこむ
「で、来月は本当に連休取る気なんですか?」帰りの車内、サトウさんが唐突に切り出した。
「お、おう……」口ごもる俺に、サトウさんはこう言った。「まさか、四月三十一日とか言い出しませんよね」
……やれやれ、、、参ったな。