登記簿の空白に消えた男
ある朝届いた一本の電話
まだコーヒーの香りすら立ちのぼっていない朝、事務所の電話が鳴った。サトウさんが眉ひとつ動かさずに受話器を取り、次の瞬間、少しだけ目を細めた。 「シンドウ先生、司法書士のミヤザキさんが行方不明だそうです」 やれやれ、、、朝から面倒な話を持ってこられたものだ。
失踪した司法書士の名前
ミヤザキヒロユキ。隣町で個人事務所を営む同業者。年齢は五十代半ば、地味で真面目なタイプだった。 去年の研修で軽く話した程度だが、失踪なんてイメージはまったくない。 依頼人が登記手続きの相談に行ったところ、事務所は鍵がかかり、連絡も取れないらしい。
消えた登記申請と白紙の委任状
依頼人から送られてきたコピーには、白紙の委任状と未提出の登記申請書が含まれていた。 明らかに途中で仕事が止まっている。本人がいない以上、代理での対応も難しい。 だが、あるはずの地番記載が一部欠けていた。登記簿の空白。プロの仕事としてはお粗末すぎる。
手がかりは旧い家系図の控え
封筒の底に、手書きの古い家系図があった。筆跡は明らかに最近のものではない。 土地の名義は戦後から移っておらず、数十年分の相続が放置されていたようだ。 シンドウは思い出した。ミヤザキが研修で語っていた、「地元の因縁案件」に違いないと。
サトウさんの冷静な推理
「先生、その家系図、偽造されてます。しかも昔の筆跡を真似してるだけ」 サトウさんはパソコンで筆跡鑑定のAIサービスを起動し、結果を突きつけてきた。 まるでルパン三世の不二子のように、冷静に、したたかに核心を突く。
雨の中の聞き取りと隣地の噂
隣地の老人が口を開いた。「あの司法書士、昔の地主の隠し子を探してたよ。土地の権利を譲るとか言って」 その話を裏付ける証言が次々と浮かぶ。どうやら誰かがその動きを快く思っていなかったようだ。 シンドウの背中に、雨ではない冷たいものが流れた。
「やれやれ、、、」から始まる再捜索
やれやれ、、、結局また面倒なことに首を突っ込む羽目になった。 サトウさんは黙って長靴を差し出す。その目は、すでに次の現場を見ていた。 山の中腹にある古びた空き家。そこがミヤザキの最後の足取りだった。
登記簿に残された謎の訂正印
法務局の写しを調べていると、奇妙な訂正印が見つかった。「印刷ミス」とは思えない不自然な押印。 しかも、その印鑑は今は亡き名義人のものと一致していた。何者かが、過去の持ち主になりすまそうとした形跡だ。 サトウさんがぽつりと漏らす。「たぶん、土地を奪いたかったんでしょうね。正式に」
名義人変更の影にいた第三者
不動産会社の名前が浮上した。小さな会社だが、最近このエリアの土地を集中的に買っている。 旧家の相続問題を逆手にとり、委任状を利用して所有権を操作しようとした。 だが、ミヤザキはその構図に気づいてしまった。そして消された。
土地を巡る意外な動機
なんとその土地の地下には、埋蔵文化財がある可能性が指摘されていた。 表向きは山林だが、実は古墳跡。国の保護対象になれば、売買はできなくなる。 だからこそ、不動産業者は急いで名義変更を狙ったのだ。
元野球部の勘が決め手に
「ここ、違和感がある。俺がショート守ってたとき、こんな地形はなかった」 地元の地形を知る者にしかわからない微細なズレ。シンドウはかすかに盛り上がった地面を掘る。 そこには、ビニールシートに包まれた大量の書類と、壊れた携帯電話があった。
サトウさんの一言が背中を押す
「先生、これで全部揃いました。あとは告発するだけです」 サトウさんの声は、いつも通り冷たいが、どこか優しかった。 この仕事の終わりが近いことを、彼女は誰より早く察していた。
消えた司法書士が残したメッセージ
発見された書類の中に、一枚のメモがあった。「この土地は守られるべきだ。私の名前は消えても構わない」 ミヤザキの筆跡。失踪ではなかった。彼は自らを消すことで、土地を守ろうとした。 だがそれを許さぬ者がいた――それが今回の事件の本質だった。
解決の先に待っていた苦い結末
警察が動き、名義操作の証拠は押収された。不動産会社の役員も逮捕された。 だが、ミヤザキ本人は依然として見つかっていない。彼は、法の外に去ったのだ。 「正義って、こんなにも不完全なんですね」とサトウさんが呟いた。
登記簿が再び語り出すとき
数週間後、登記簿には新しい所有者の名が記された。地元の保存会だ。 ミヤザキの意志を汲んだサトウさんが動いたらしい。俺は、ほんの端っこに署名しただけだった。 そしてまた静かな日々が戻る――いつも通りの、コーヒーの香る朝に。
明け方の事務所に差し込む光
「先生、次の案件です」 「はいはい、、、やれやれ、司法書士ってのはどこまでいっても泥臭い仕事だな」 サトウさんの無言のため息を背に、俺はまた、机に向かうのだった。