封印された一頁

封印された一頁

午前九時の異変

見慣れた書類の中に

いつものように書類の山を前にして、ため息をつきながら机に向かった。その瞬間、妙な違和感が背筋を走った。山積みにされた書類の中に、どこか場違いな封筒が一つだけ紛れていたのだ。

サトウさんの冷静な指摘

「これ、差出人も記載されてませんし、封も破かれてますね」そう言ってサトウさんは白い封筒を指差した。どうやら既に誰かが開けて、また紛れ込ませたようだった。やれやれ、、、朝からこれか、とつぶやきながら封筒を手に取った。

名前の無い委任状

空白と日付が意味するもの

中に入っていたのは、一通の委任状。けれど名前欄は空白で、唯一記されていたのは三年前の日付だった。書式は我々が扱うものと一致していたが、このフォーマットは今はもう使われていない。

依頼人の足取りを追って

サトウさんの手際は鮮やかだった。古いファイルを検索し、三年前に似た形式で提出された案件を数件にまで絞り込んだ。そこには「失踪」と記された記録があった。依頼人は音信不通で、案件も自然消滅していた。

謎の古いファイル

一枚だけ異質な紙

古いファイルの中に、やけに白く新しい紙が一枚だけ差し込まれていた。内容は特に不審ではないが、紙質がまるで違った。明らかに後から差し込まれたそれは、タイムカプセルのように時間を越えていた。

不自然な筆跡

そして筆跡。丸文字気味だったのは、女性の可能性が高い。それにしても違和感があった。「この人、筆跡を変えて書いてますね」とサトウさん。まるでルパン三世の偽造パスポートを見破る銭形警部のような眼光だった。

地元金融機関の影

取引記録に現れた矛盾

関連する不動産の取引記録を追ってみると、委任状に記されていた地番が三年前に譲渡されていたことがわかった。だが譲渡人の署名と印影が、今手元にある委任状と一致していなかった。

あの時押された印鑑

「これ、印影を比較してみましょう」とサトウさん。印鑑証明と並べてみると、明らかに異なる線があった。つまり、あの譲渡は偽造の委任状で行われた可能性がある。なぜ今、それが戻ってきたのか。

やれやれとつぶやいた午後

うっかりからの突破口

休憩中、紙コップのコーヒーをこぼしながら俺は言った。「やれやれ、、、」そのとき、ふと気づいた。封筒の裏に、微かに残っていた接着剤の痕。二度封がされた形跡があったのだ。つまり誰かが中身をすり替えていた。

鍵を握る旧知の人物

思い出したのは、かつて同業者だった男の顔。不正に手を染め、業界を追われた人物。その男の過去の案件に、同じ地番が出てきた。もしかして、あの時も似たような手口だったのではないか。

サトウさんの推理

書類は語る

「これ、偽造じゃなくて”差し替え”ですね」とサトウさん。正規の委任状を用意しておいて、直前に偽のものとすり替えた。そして今、処分しきれなかった本物が私たちの手元に舞い戻ってきたのだ。

真相の仮説と検証

仮説を元に法務局で取引の正当性を精査してもらった。結果、手続きには重大な瑕疵があり、登記の取消しが申請可能となった。それはつまり、三年前の罪が今になって掘り起こされたことを意味する。

静かな告白

崩れゆく嘘の構造

疑惑の男は最初こそ否定したが、提示された証拠に沈黙した。「まさか、戻ってくるとはな、、、」と呟いたその表情は、罪の意識よりも運の尽きたギャンブラーのようだった。

印鑑に込められた罪

紙一枚の印影。それがひとつの土地を動かし、人の人生を歪めた。だが、封筒に眠っていた真実が、三年越しに全てを暴いた。司法書士とは、そういう小さな証拠を信じる仕事なのだ。

法務局での決着

登記官の一言

「この件は再調査対象とします」法務局の登記官がそう言ったとき、背筋に少しだけ風が通った気がした。小さな勝利だが、確かに意味のある一歩だった。

真実が浮かび上がる瞬間

紙の上に記された一行一行が、まるで裁判の証言のように真実を語り出す。司法書士という仕事は地味だが、時に鋭く社会の闇を刺し貫く。俺は静かに手帳を閉じた。

事務所に戻って

サトウさんは静かに笑った

事務所に戻ると、サトウさんがポツリと言った。「たまには、仕事がミステリー仕立てになるのも悪くないですね」いつもよりほんの少しだけ、彼女の声に温度があった。

シンドウの反省とひとり言

「もう少し早く気づけたらな、、、」とぼやいた俺に、サトウさんは「それ、毎回言ってます」と塩対応。だが、苦笑しながら俺は思った。まあ、結果オーライならいいか、と。

次の山積みの書類に向かって

それでも仕事は続く

机の上には、すでに新しい書類の山。何の変哲もない紙の束の中に、また何かが眠っているかもしれない。俺は背筋を伸ばし、次の依頼に手を伸ばした。

誰も知らない小さな勝利

誰に褒められるわけでもない。けれど、この仕事には、時折ほんの少しだけ、世界を正す手応えがある。司法書士とは、そんなささやかな正義を背負う存在なのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓