朝の来客と妙な依頼
朝一番、古ぼけた公図を手にした初老の男性が事務所を訪れた。顔には疲れがにじみ、口を開くなり「地番一三番地が乗っ取られた」と言い放った。
まるでサザエさんのマスオさんが大声で新聞の見出しを読み上げるかのようだったが、その訴えは深刻そのものだった。
依頼内容は、公図と現況が異なるため、自宅の敷地が一部削られているというものだった。
境界を巡る相談と持ち込まれた公図
依頼者が差し出したのは、昭和期に作成された公図のコピーだった。今のものと比べると、微妙に線が違う。
「一三番地の範囲が、こっちに広がってるでしょう」と指差す手が震えていた。
私はとりあえず頷きながら、頭の中ではコナンくんよろしく「何かがおかしい」と内心でつぶやいていた。
サトウさんの即座の違和感
隣の席のサトウさんが、スッと立ち上がった。「この図面、境界線の線が妙に歪んでますね。筆跡も違います」
ルーペで確認すると、たしかに一部だけ筆圧が強い。線の伸び方が不自然だった。
まるでルパンが盗みに入ったあと、わざと痕跡を残していくような挑発的な跡だった。
公図に刻まれた矛盾
役所の地図と重ねてみたところ、一三番地はどう考えても依頼者の土地の一部に食い込んでいた。
ただ、それは現地の現況とは一致しなかった。現地にはその場所に新築の家が建っている。
つまり、公図を信じれば隣家が他人の土地に家を建てていることになる。
地番一三番地にあるはずのない構造物
私は現地調査に向かった。雑草が生い茂る境界部分に、鉄筋の杭が埋まっていた。
それは正式な境界杭ではなかった。お手製のような簡易杭だったのだ。
「これ、誰かが後で打ちましたね」と私はつぶやいた。隣家の家主が顔をこわばらせた。
昔の登記簿と今の現地が一致しない
事務所に戻り、登記簿を確認すると、問題の土地の所有権移転が不自然に空白期間になっていた。
所有権移転の登記がされたはずの日付に、なぜか登記原因が記載されていなかった。
サトウさんが一言、「こういうのって、昔の測量士が一番怪しいんですよね」と呟いた。
うっかり男と切れ者女の調査開始
「やれやれ、、、また面倒な案件だな」と私は頭を掻いた。だがこういう謎を解くと、妙な達成感がある。
私たちは過去の所有者の一人に接触を試みた。すると、意外な証言が飛び出した。
「ああ、あの土地は、昔測量を頼んだ人がちょっと間違えて線を引いちゃってさ……」
元野球部の勘が冴える瞬間
何かが引っかかった。私は過去の登記記録を洗い直した。そこに「測量補助員」という見慣れない肩書きが記録されていた。
その名前を聞いて、ふと思い出した。数年前に別の案件でトラブルを起こしていた人物だ。
どうやらまた同じように、境界をズラす手口を使ったらしい。
古い謄本の端に見えた手書きの数字
さらに謄本の隅に、ボールペンで書かれた「実測一四八平米」という文字を見つけた。
登記上は一三五平米のはずだった。これは明らかに矛盾だ。
「これが証拠になるかも」とサトウさんがコピー機に向かった。
役所の奥で見つけた記録の違和感
市役所の資料室で、古い地積測量図を探していると、ファイルの隙間に一枚の写しが挟まっていた。
そこには、修正済と記された赤字の線があり、かすかに二重線が透けていた。
公図が修正されていたのは、十年前。しかも、正式な手続きが一切残っていなかった。
改ざんされたのはいつか
判明したのは、十年前に依頼者の父が亡くなり、相続が開始された直後だった。
境界確認の手続きが曖昧だったのをいいことに、隣人が測量士に働きかけて線をズラしたらしい。
だがその証拠は、筆跡と公図、そしてこの修正図だけだった。
境界確認書に残された筆跡
サトウさんが、過去の境界確認書のコピーを見て言った。「この“確認”の文字、全部同じ筆跡です」
本来、関係者ごとに違うはずの署名が、同じ人物の筆跡で書かれていた。
これは偽造の証拠だ。私は即座に、証拠保全の申し立てを行った。
意外な人物の登場
一連の調査で浮上したのは、依頼者の亡父の友人であり、元測量士の男だった。
彼は「頼まれただけで悪意はなかった」と語ったが、動機は“恩義”というには歪んでいた。
隣家の主人がかつて金銭的な援助をしていたことが明らかになったのだ。
隣家の元測量士とその沈黙
結局、測量士は黙ったまま事情聴取に応じなかった。だが黙秘が真実を語っていた。
隣人は追い詰められ、「家を売って弁償します」とだけ残して引っ越していった。
地番一三番地には、今もその家が残っている。
昔の因縁と一筆の動機
改ざんは善意ではなく、金銭的な動機だった。だがそれ以上に、土地への執着が見え隠れしていた。
町の古老の証言によれば、元々は隣人の家系がその一帯の地主だったらしい。
境界線一つで、かつての“支配”を取り戻したかったのかもしれない。
すべての点と線がつながるとき
私はすべての資料を整理しながら、ようやく全体像が見えてきた。
地図の線は、記憶と欲望の痕跡だった。真実を捻じ曲げるには、紙とペンで十分だった。
だが、それを正すのも、紙とペンだ。そう思うと、少しだけ誇らしくなった。
地図の上に浮かび上がる真実
新しい測量と境界確認を経て、土地は正しい形を取り戻した。
依頼者は「これで親父も安心するだろう」と静かに呟いた。
地番一三番地の“亡霊”はようやく成仏したのかもしれない。
やれやれ、、、犯人は境界の中にいた
私はコーヒーをすすりながら、「やれやれ、、、また一人、紙の上の幽霊を退治したわけだ」とつぶやいた。
サトウさんは目も合わせず、「報酬はいつ振り込まれますか?」と冷たく返してきた。
それでも私は、少しだけ笑っていた。
後日談とサトウさんの一言
数日後、依頼者から手紙が届いた。「先生に頼んでよかった」と丁寧な字で綴られていた。
私はなんとなく、それを机の引き出しにしまった。
きっとまた、似たような幽霊が地番の隙間から現れるのだろう。
謎は解けたが境界は曖昧なまま
土地の境界は明確に見えて、実はあやふやだ。
人の記憶と紙の線のあいだに揺れるその曖昧さが、時に事件を生む。
私は今日もまた、書類と格闘しながら、目の下のクマをさすった。
今日もまた書類と格闘だ
サトウさんの冷たい視線を背に受けながら、私は新しい依頼書に目を通した。
「今度は何だ? 地積更正? 境界確認? それとも、、、公図の亡霊?」
やれやれ、、、コーヒーでも淹れようか。