番号が指し示す名前の影

番号が指し示す名前の影

はじまりは番号ひとつの問い合わせ

事務所の電話が鳴ったのは、昼過ぎだった。蝉の鳴き声がジリジリと鳴る中で、私は冷たい麦茶を飲んでいたところだった。「マイナンバーについて相談がある」と言ってきたのは、初老の男性だった。どこか慌てたような声で、自分の番号が他人の登記に使われていると言う。

見知らぬ依頼人と謎の登録情報

彼が持ってきた写しには、自分のマイナンバーが付された不動産の登記簿のコピーがあった。ただし、その土地の所有者名は彼ではなかった。住所も違う。だが、添付されている通知カードの番号は、確かに彼のものだ。これは、、、よくある入力ミスじゃ済まない。

役所の資料に浮かぶ違和感

確認のため、市役所の住民票や附票を取り寄せる。通常の手続きならば、本人確認のミスは滅多に起きない。しかし、この件には何か違う“影”がある。目に見えない書類の流れ、その裏に、まるで猫のように足跡を残さず歩いた誰かの存在を感じた。

十三桁に隠された別人の痕跡

マイナンバーは個人を特定するキーだ。だからこそ、使い方を間違えれば、取り返しがつかない事態になる。私は法務局に足を運び、対象となる登記の原本を閲覧した。そして、そこで不思議なものを見つけた。添付された本人確認書類に記載された名前が、依頼人とは一字違いの「同姓同名」だったのだ。

マイナンバー通知カードの持ち主は誰

通知カードは簡単に再発行できない。つまり、今回の登記申請に使われたそれは、本物である可能性が高い。なのに名前が違う。つまり、誰かが本物の通知カードのコピーを手に入れ、それに似せた偽名で登記を通したのだろうか。それとも、、、。

住民票の附票が語る行動パターン

過去の住所履歴を見ると、依頼人は一度だけ半年間、所在不明の時期がある。ちょうどそのころに、例の土地の名義変更がなされていた。つまり、その空白の間に、何かが仕組まれた可能性がある。住民票が語るのは、ただの住所ではなく、人の動きそのものだ。

登記簿に現れた偽名と本名

登記申請書に記載された筆跡をサトウさんが見比べていた。「この“山”の書き方が違うわね。こっちは癖がある。たぶん別人よ」。私が思いつきで見ていた点を、彼女はすでに確信に変えていた。「それにこの添付書類、コピーが二重になってる。重ねてスキャンした可能性があるわね」

申請書に残された異なる筆跡

筆跡鑑定は司法書士の範疇ではないが、経験的に違和感はわかる。依頼人の本人確認書類にある署名と、登記の申請書にある署名が明らかに違っていた。つまり、これは偽造だ。しかし、マイナンバーそのものは正しい。なぜ正規の番号がこんな風に悪用されたのか。

サトウさんの冷静な指摘

「この人、相続で登記したことになってるけど、被相続人は赤の他人よ。たぶん空き家の所有者を調べて、そこに自分を紐づけたのね。名探偵コナンなら“完全犯罪のつもりが初歩的なミス”ってところかしら」。サトウさんはため息まじりに言った。私は思わず「やれやれ、、、」と呟いていた。

シンドウの独り言と法務局の一言

「これ、法務局にもう一度持ち込もう。本人確認情報に基づく本人申請にしては不自然すぎる」。私は登記官に事情を説明し、第三者の名義変更の可能性があることを伝えた。登記官はじっと資料を見つめ、「確かに、これは調査対象になるでしょう」と答えた。

過去の登記記録から見つかる矛盾

さらに掘り下げると、他にも数件、同じパターンの登記が確認された。つまり、これは単なる偶然ではなく、意図的な手口だ。マイナンバーの信頼性を逆手に取った、ある意味で非常に現代的な“知能犯”の仕業だったのだ。

決め手は一通の委任状

最後の一手は、件の登記に添付されていた委任状だった。そこに記載された住所が、まったく無関係のコンビニの私書箱だった。つまり、正体を隠すための仮住所。だが、その私書箱に出入りする人物の映像が、防犯カメラに残っていた。

差出人の真の目的

映像に映っていたのは、登記名義人とは似ても似つかぬ若い男だった。なりすまし、それも精巧に仕組まれたもの。動機はまだ不明だが、どうやら土地を担保にして借金をしようとしていたらしい。つまり詐欺未遂、、、いや、準備段階でもう立派な犯罪だ。

複製された印鑑証明書の謎

印鑑証明書はどうやら、以前依頼人が紛失した際に悪用されたようだった。小さなミスが、大きな犯罪の入口になる。私も身が引き締まる思いがした。「司法書士って、地味だけど命綱みたいな仕事なんだな」と、改めて感じた。

真相の解明と依頼人の正体

依頼人は結局、被害者であることが証明された。そしてこの事件は、警察と連携して詐欺未遂として立件されることになった。司法書士としての役目は果たせた、はずだ。

二重登録された名前の秘密

判明したのは、加害者が別の土地でも同様の手口を使っていたことだった。つまり、マイナンバーを元に“別人を装う”犯罪が既に複数進行していたのだ。今後、この種の事件はさらに増えるかもしれない。私たちは気を抜けない。

暴かれた嘘と過去の偽装相続

土地の登記簿の片隅に、静かにその嘘は書き込まれていた。だが、それを読み解いたのは、マイナンバーではなく、私たち司法書士だった。番号は嘘をつかない。嘘をつくのは人間のほうなのだ。

ラストシーンに残る微かな余韻

事務所に戻ると、サトウさんが冷たいコーヒーを差し出してくれた。「一応、解決ってことでいいのね」。私は頷きながら受け取った。「まあ、サザエさんの火曜日の回ぐらいには解決できたかな」と冗談を言ったが、彼女は軽く睨んだ。

司法書士が見抜いたたったひとつのミス

あの登記に残された“山”の字の違和感。それがすべての始まりだった。たったひとつのミスが、真実を明らかにした。地味で、誰にも気づかれないような細部。それこそが司法書士の“眼”なのだ。

サトウさんの一言で全てが締まる

「次はちゃんと冷蔵庫の麦茶に名前書いといてください」。私は苦笑しながら、今日もまた「やれやれ、、、」と小さく呟いた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓