午後三時の来訪者
古びた登記簿と妙な依頼
古い茶封筒を胸に抱えた女性が事務所のドアを開けたのは、午後三時を少し回ったころだった。扇風機の羽音とカタカタ鳴る書類棚がやけにうるさく感じられるほど、彼女の登場は唐突だった。
机の上に封筒を置くと、「この登記、原因がちょっと…曖昧でして」と口ごもる。言葉とは裏腹に、どこかこちらを試すような目つきが気になった。
依頼人の不自然な言動
女性は名乗らず、代理人として依頼しているという。なのに登記申請書には自分の名前が記載されている。うっかりでは済まされない齟齬だった。
サトウさんが鋭い視線を送りつつも、黙って横で手帳を広げる。まるで毛利小五郎の陰でメモを取るコナン君のようだ。いや、あちらのほうがよほど主導権を握っているか。
登記原因の壁
原因欄の空白に漂う違和感
書類をめくって原因欄に目を落とす。通常、そこには「贈与」や「相続」など具体的な文言が入るべきなのに、「譲渡」とだけ書かれていた。しかも日付の記載が異様に古い。
「これ、平成十年って……」思わず声が漏れる。平成どころか、令和の申請でこんな年代が出てくるのは、何かを隠している証だ。やれやれ、、、これはまた面倒な話の予感がする。
相続か贈与か それが問題だ
「被相続人の死亡の事実は?」と尋ねると、依頼人は曖昧な笑みを浮かべて話を逸らした。「いや、だからこれは贈与で……」と訂正を試みるも、記録の辻褄が合わない。
まるでワンピースの空白の百年のように、この登記原因には語られていない「何か」がある。ここから先は推理と調査の出番だ。
午後の喫茶店での調査
サザエさんと共に流れる時間
調査に区切りをつけるため、いつもの喫茶店「タラオ」でサトウさんと資料を広げた。午後四時、店内ではサザエさんの再放送が流れ始めていた。
「波平さんって、実は家系図管理めちゃくちゃ得意そうですよね」とサトウさんがボソッと漏らす。言われてみれば、戸籍にうるさそうなキャラだ。
サトウさんの冷静な観察眼
「この委任状、筆跡が途中で変わってます」
サトウさんの指摘は鋭かった。確かに、途中から筆圧や文字の角度が違う。二人以上が同じ書類にサインした可能性がある。それはすなわち、なりすましの可能性だ。
彼女はさらに「封筒に貼ってあった切手が旧料金です。最近の投函ではないかもしれません」と付け加えた。塩対応ながら、その推理力には舌を巻く。
見落とされたひとつの記載
委任状の筆跡と謎のメモ
改めて委任状を照らし合わせると、裏面に小さな付箋が貼られていた。「ハンコだけはお願いしたよ」と殴り書きされた文字。
どうやら、依頼人は書類だけで登記を進め、真の登記原因については後日説明するつもりだったらしい。が、その日が来ることはなかったのだろう。
古い登記簿との照合作業
私は法務局から取得していた過去の登記簿を引っ張り出し、今回の物件と照合を始めた。すると、十年前に仮登記されたまま抹消されていない一件が浮上した。
それが今回の登記原因の本当の出どころだ。つまり、「譲渡」は事実だが、登記に用いるには不完全すぎる根拠だった。
やれやれの夕暮れ
不実な原因の正体
依頼人に連絡を取ると、既に携帯は解約済み、手紙も宛先不明で返送されてきた。おそらく、元の所有者と共謀し、登記簿上の名義変更だけを画策したのだろう。
こうして法の網をくぐろうとする者は後を絶たない。だが、小さな不整合を見逃さなければ、防げることもある。やれやれ、、、また一歩、疲れる真実に触れてしまった。
法と嘘のあいだにあるもの
登記簿は嘘をつかない。ただ、それを操作する人間が嘘をつく。法と現実の隙間に、小さな悪意が潜む。
今回の件も、大事に至る前に止められた。それだけでも、少しは自分の仕事に意味があると信じたい。
結末とその後
シンドウの静かな喝破
私は登記申請を却下し、理由を添えて郵送で返送した。法務局にも不備の疑いを報告。
特別表彰もなければ誰にも感謝されない仕事だが、それでも机の上に戻ると、サトウさんがコーヒーを淹れてくれていた。少しだけ心が救われた気がした。
午後に残された真実の痕跡
午後の日差しは傾き、書類の文字が机に長く影を落としていた。
記録の中に真実を見つける作業は、地味で、疲れる。でも、誰かがそれをやらなければいけない。
そんな気持ちで、今日もまた古びた登記簿を開く。