補助者だけが気づいたこと
静かな町の司法書士事務所で、僕はいつものように雑用に追われていた。依頼人の声も郵便の音も、今日はやけに遠く感じる。事務机の隅で、サトウさんがパチパチとキーボードを叩く音だけが、この空間に現実感を与えていた。
登記簿の片隅に潜んでいたもの
古びた依頼書が持ち込まれた朝
梅雨が明けきらない曇り空の下、ひとりの中年男性が戸を叩いた。差し出された封筒には、相続に関する依頼書と戸籍謄本が入っていたが、どれもどこか古びていた。「父が亡くなって、ようやく手続きを」と、そう呟いた男の顔はどこか怯えていた。
名前が三つ並んだ権利関係
登記簿を開くと、共有者が三人。被相続人の兄弟であるらしい。特に気になるのは、最初の一人だけが死亡しており、他の二人は不明のまま放置されていたことだ。シンプルな案件のようで、実は妙に引っかかる。が、僕はその感覚を言葉にできないまま、コーヒーを淹れに立ち上がった。
依頼人は語らない
サトウさんの冷たいまなざし
「この謄本、平成十年のコピーですね。最新じゃない。」とサトウさんが呟く。まるで犯人を追い詰める探偵のような声だった。依頼人の視線が泳ぐのを僕は見逃さなかった。まるで何かを隠しているような沈黙だった。
うっかり見落とした住所表記
僕はファイルを整理しながら、ふと住所の地番に違和感を覚えた。「二ノ七」が「二ノ七ノ壱」になっていた。ささいな違いだが、登記上は別物になる可能性がある。やれやれ、、、またか。こんな細かい見落としが事件を呼ぶなんて、まるでサザエさんのカツオみたいな僕のうっかりだ。
所有権移転の裏に何があるのか
故人の署名は本物か
申請書には被相続人の署名が残っていたが、日付がどうも怪しい。死亡後に提出されたような記録になっている。まるでタイムマシンを使ったかのような署名。怪盗キッドでもこんなトリックは使わないだろう。
あのときの地番が示すもの
再度登記情報を検索すると、「二ノ七ノ壱」は五年前に売却されていた記録があった。依頼人が主張する所有関係とは矛盾する。「二ノ七ノ壱」ではなく、「二ノ七」のままだと、別の人物が登場する可能性がある。これはもはや、ただの相続ではない。
静かな町で起きた相続の謎
三兄妹の不自然な関係
依頼人は長男だというが、次男と妹についての言及は一切ない。サトウさんが調べた住民票には、妹の転出履歴がなぜか削除されていた。「何かあるね」と彼女が冷たく言った。背筋がすっと冷たくなった。
土地の上に立つのは誰か
現地調査に行ってみると、そこには新築の住宅が建っていた。登記上の所有者は別人。しかも、それが妹の婚姻相手と同姓だったのだ。登記簿と現実が乖離している。何かが裏で動いているのは明らかだった。
サザエさんのオチみたいな真相
お茶うけの饅頭にヒントがあった
事務所に戻って、差し入れの饅頭を食べながらふと思い出した。依頼人が持参した書類の中に、お中元の案内状があったのだ。そこに書かれていた送り主の名前が、現地の家の名義と一致していた。つまり、妹が相続放棄をしていなかったどころか、家を建てて住んでいたのだ。
やれやれ、、、またかという展開
僕は深くため息をついた。「やれやれ、、、」口から漏れた言葉に、サトウさんが一言。「またですか、シンドウ先生。」そう言って、彼女はスッと補正登記の申請書を出してきた。もう全部分かっていたらしい。
サトウさんの言葉で全てがつながる
補助者の観察力が光る瞬間
「先生、依頼人はお兄さんではありませんよ。本当の長男は既に亡くなっていて、彼は他人です。」サトウさんの声が静かに響いた。僕は目を丸くした。「身分証のコピー、免許証じゃなくて保険証だったでしょう?免許を持っていない理由、わかります?」
封筒の角が教えてくれたこと
書類の封筒の角が少し焦げていた。それは、以前火災で亡くなった長男の家から回収された物件だった。依頼人はその家から書類を盗み出し、成りすまして手続きを進めようとしていたのだ。
そして司法書士が動き出す
元野球部の投球が決め手となる
市役所への調査に同行した僕は、担当者の気を引くため、あえて別件を持ち出しながら話を引き伸ばし、裏でサトウさんが正しい住民票を取り寄せた。元野球部のコントロールの良さは、こんな場面で役に立つのだ。
シンドウの一手が全てを明かす
最終的には、法務局への通報と同時に、警察に虚偽登記の可能性で報告がなされた。依頼人はすべてを白状した。これにて一件落着。司法書士の出番は、やっぱり書類じゃなくて「人間」を見ることだった。
補助者止まりのつぶやき
まあ、私は記録係ですから
報告書をまとめながら、僕はひとりごちた。「まあ、私は記録係ですから」。それを聞いたサトウさんが、ほんの少しだけ微笑んだような気がした。多分、気のせいじゃない。
事件は静かに幕を閉じる
こうしてまた、誰にも知られずに一つの事件が終わった。補助者止まりの僕だが、今日も誰かのために何かを見ていた。それでいいのかもしれない。明日も、サトウさんと塩対応の朝が待っている。