登記簿の中の遺言

登記簿の中の遺言

不自然な遺言の依頼

雨が降り続く午後、事務所のドアが控えめに開いた。入ってきたのは、地元でも名の知れた旧家の次男坊だった。 「父の遺言に基づく相続登記をお願いしたいんですが」 そう切り出した彼の手には、見慣れた封筒と登記原因証明情報が握られていたが、どこか釈然としない空気が漂っていた。

親族間で揉める相続と急な登記申請

「ずいぶん急ですね」とサトウさんが冷たく言った。 申請人は「兄とは折り合いが悪くて…」と濁したが、明らかに何かを隠している様子だった。 そもそも、被相続人が亡くなってからまだ一週間も経っていないというのに、すでに遺言に基づく登記の準備が整っているのは、少し出来すぎていた。

地元の名家が抱える複雑な背景

この家は戦後の復興期から続く建設業を営んでいたが、代替わりのたびにゴタゴタが絶えなかった。 今回は特に、先代が再婚していたこともあって、親族関係はまるで『サザエさん』の波平とマスオが三回忌で殴り合いをしたかのような騒動だ。 登記手続きの裏に、そんな人間関係の複雑な伏線が絡んでいる可能性を無視できなかった。

サトウさんの違和感

事務所に戻るなり、サトウさんはパソコンにデータを打ち込みながら呟いた。 「これ、絶対おかしいですよ。内容証明の消印と、登記申請書類の日付が合わない」 手に持っていたのは、申請人が持参した遺言書のコピーだった。

書類の矛盾を見逃さない冷静な視点

「しかもこの遺言書、封印はしてあるけど…封筒の端、開けた形跡あります」 彼女は虫眼鏡を使って微細な繊維の剥がれを確認していた。まるで怪盗キッドが書き残した偽の遺言状を暴く探偵のように。 その様子に、かつての自分が部活の野球道具を一つ一つ丁寧に確認していた記憶がよみがえった。

紙の端に書かれた不審な記号の意味

封筒の裏には、鉛筆で薄く「R5K3」と書かれていた。日付でも名前でもない。 「これ、もしかしてレジストリ番号の一部じゃないですか?」とサトウさん。 もしかしたら、これは封筒を使い回した痕跡なのかもしれない。あるいは、差出人が複数の封筒を混ぜたか。

シンドウの現地調査

僕は現地確認のため、家督相続の対象となっている建物を訪れた。雨は止んでいたが、空気は重かった。 案の定、家の中は空き家特有のカビ臭さが立ち込め、仏壇には線香の残り香が漂っていた。 居間の押し入れを開けると、埃をかぶったままの帳簿が一冊だけ置かれていた。

古びた実家と相続人の証言

「父は最後まで兄のことを許していなかった」と次男は言った。 しかしその帳簿には、兄に対する毎月の振込記録が残っていた。しかも最近まで続いていたのだ。 これは一体何を意味するのか。遺言と現実がまったく噛み合わない。

空き家の片隅に残された一冊の帳簿

帳簿の最後のページに、細い走り書きでこうあった。 「遺言は変えた。サトウに託す。」 「…ん? サトウ?」思わず声が出た。 もちろんそれは、ウチの事務員ではない。偶然の同姓か、それとも…。

登記簿の履歴に浮かぶ不審な名義

帰ってから登記簿を確認すると、3年前に設定された仮登記がなぜか抹消されていた。 しかも、抹消原因は「本人申出」。不自然すぎる。 当時その処理を担当したのは、既に引退した司法書士だった。

数年前の抹消記録と今回の申請とのズレ

抹消時の添付書類には遺言書が使われていたが、今回とまったく別の文面だった。 つまり、被相続人は生前に一度、別の遺言で仮登記を抹消していたことになる。 となると、今の遺言は…?

職権抹消に隠された前司法書士の影

僕はかつての同業者に電話をかけ、当時のことを聞いてみた。 「たしかにやったよ。本人が元気なうちに“改める”って言ってきてね…」 その言葉に、背筋が凍った。やはりこの遺言は、差し替えられていた。

消されたもう一通の遺言書

帳簿のあった押し入れの奥から、焼け焦げた紙片が見つかった。 水に濡れた形跡があり、ところどころしか読めない。 しかし、その中には「相続人は長男とする」の文字が残っていた。

封筒の痕跡と開封日付の謎

「この消印、元は去年のものを修正液で直してますね」 サトウさんの指摘は鋭い。 やれやれ、、、こういう細工は、昭和の探偵漫画でしか見ないと思っていたのに。

内容証明に記された不在者の名前

差出人名義には「タカハシサトウ」の連名が。つまり、前妻の連れ子と後妻の名だ。 偽装のために、封筒の送付者名まで作り変えていた可能性がある。 すべてが演出された相続劇だとしたら、これはもはや事件だ。

サトウさんの冷徹な推理

「遺言書のファイル名、日付の後ろに『final』ってついてますよ」 サトウさんが無表情で画面を指差す。 「つまり、それ以前に複数バージョンがあったってことです」

登記日を操る手口と意外な人物の関与

Wordファイルのプロパティを確認すると、最終編集者は「兄」だった。 「弟さんが提出したって言ってたのに…」 そこから先は、もはや法廷の仕事だ。

被相続人の言葉が導く真実

改めて思い出す。帳簿の最後にあった「サトウに託す」という言葉。 それは、名字ではなく「砂糖」だった。自家製梅干しの保存瓶に、真の遺言が隠されていた。 まるでドラえもんの道具みたいな話だが、真実はいつもひとつなのだ。

真犯人は誰だったのか

すべての細工をしていたのは、次男だった。 兄に家督を渡したくない一心で、遺言を改ざんし登記を急がせたのだ。 彼の動機は「家を守ること」ではなく「家を支配したい」という欲望だった。

書類を操作したのは意外なあの人物

そしてもう一人、手を貸した人物がいた。 かつてこの家の顧問だった司法書士で、現在は廃業していたが、その技術だけは生きていた。 結局、プロの技術が悪用された事件だった。

家族の裏切りと金への執着

「家族って、なんなんでしょうね…」とサトウさん。 「登記簿を見てると、誰が本当の“相続人”か分からなくなります」 それが、僕たち司法書士が扱う“人の業”というやつなのだ。

登記の修正と新たな出発

正式な手続きで新たな登記がなされ、遺言の訂正も受理された。 残された家は長男の名義となり、弟は遠く離れた町で静かに暮らすことになった。 事件は終わったが、後味は少し苦かった。

正しい手続きに戻るまでの道のり

不正が絡んだ登記を修正するのは、手続き以上に人間関係が大変だ。 それでも僕たちは、書類という小さな証拠を積み重ねていく。 それが、司法書士という仕事だ。

サトウさんの無言の労い

「お疲れ様でした」 その一言をサトウさんが言ったかどうか、正直記憶にない。 でも、机に置かれた缶コーヒーが、今日のすべてを物語っていた。

次の事件の足音と静かな日常の終わり

僕が缶を開けた瞬間、電話が鳴った。 「今度は境界トラブルです」サトウさんの冷たい声が響く。 やれやれ、、、平和なんて、きっと幻だ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓