登記簿が指し示すもう一人の相続人

登記簿が指し示すもう一人の相続人

依頼人が語った不審な相続の経緯

名義変更を急ぐ老婦人の言動に違和感

午前中、事務所の扉がぎぃと音を立てて開いた。杖をついた老婦人が、小さな鞄を握りしめて入ってきた。 「この家、わたしの名義に早く変えてほしいのよ」――彼女の第一声は、どこか急ぎすぎていた。 登記手続きの相談でこうも切羽詰まった口調は珍しい。僕の眉は自然とひそめられた。

サトウさんの一言が始まりの鍵となった

相談後、老婦人が帰ったあと、無言で席に戻る僕にサトウさんが言った。 「相続関係説明図、出してもらってないですよね」 そういえば、戸籍類は一通り預かっていたが、確かに彼女から相続人に関する説明は一切なかった。

書類に現れた微妙な違和感

筆跡の揺らぎと古い印鑑証明

彼女が提出した委任状の筆跡は、どこかおぼつかない。 印鑑証明は発行から1年以上経っており、現在の実印との照合にも不一致が見られた。 この手の違和感は、登記の現場では危険信号だ。

過去の登記記録に隠された矛盾点

過去の登記簿謄本を確認していくと、7年前に被相続人が家を贈与した形跡が出てきた。 しかし今回の相続では、あたかも被相続人が死亡時まで所有していたかのような説明だ。 何かがおかしい。これは「不一致」ではなく「意図的な錯誤」かもしれない。

シンドウの休日はすぐに消えた

突然の訪問者が持ち込んだ新たな事実

土曜日。久々にゆっくりしようとした矢先、見知らぬ若者が訪ねてきた。 彼は「父の戸籍を調べていて、相続のことでご相談したい」と言った。 その名字に見覚えがあり、僕は資料を開いた。老婦人の戸籍にもあった名だった。

やれやれと言いながら車を走らせる

確かに、相続関係説明図には現れていない“もう一人”が存在する。 可能性を確かめるため、かつて被相続人が暮らしていた町へと車を出す。 「やれやれ、、、」つぶやきながら、ETCカードを差し込んだ。

現地調査と空き家の裏側

固く閉ざされた窓と残された手紙

空き家になった旧宅は、木々に囲まれ、静まり返っていた。 郵便受けには差出人不明の封書が残されており、開封してみると「私の息子にも遺すように」とあった。 筆跡は老婦人のものと酷似していた。

ご近所トラブルが語る別の姿

近所の住人は、ぽつりと漏らした。「あの人ね、再婚してたのよ。隠してたけど。」 相続関係説明図に記されていない“婚姻関係”の存在が明らかになり始めた。 登記簿が語らない「家庭の秘密」が浮かび上がる。

調査の果てに見えた登記簿の影

異母兄弟の存在と遺言の矛盾

戸籍を丹念に辿っていくと、老婦人との再婚後に生まれた子供の記録が出てきた。 遺言書には「長男に全てを相続させる」とあったが、その“長男”が誰を指すのかは明記されていなかった。 これは、あえてあいまいにしたのか、それとも無知だったのか。

相続人の一人が隠していた過去

老婦人は、異母兄弟の存在をあえて伏せていた。 理由は単純だった。「あの子は勝手に出ていった人間だから」 しかしそれが法的な相続権を奪う理由にはならない。

サトウさんの閃きと推理の逆転

電子申請の履歴から辿った真実

サトウさんがふとつぶやいた。「最近、同じ土地の閉鎖登記簿が閲覧されてましたよ」 電子申請ログを追うと、第三者が登記情報を調べた形跡があった。 そのIPアドレスは、件の若者が住む街のプロバイダと一致した。

遺言書の日付と登記のタイムラグ

遺言書の日付は数年前だが、登記が行われたのは死亡の1ヶ月後。 その間に何があったのか――誰が動いたのか―― 矛盾点は、偶然にしては多すぎた。

決定的証拠となった登記時の書類

通知カードに記された転居の痕跡

新しい住民票コードには、転居の履歴が複数記載されていた。 その中に、老婦人と若者が一時期同じ住所にいた記録があった。 これにより、若者が被相続人の実子である可能性はさらに高まった。

偽装された委任状とその署名

筆跡鑑定の協力を得て、提出された委任状が老婦人自身の書いたものと判明。 つまり、彼女は“もう一人”を除外するために、署名まで偽装していたのだ。 偽装は明らかに刑事的問題を孕んでいた。

全てを語った終盤の面談

真相を語る相続人とシンドウの沈黙

若者は、穏やかな口調で語った。「父にとって、僕は間違いだったのかもしれません」 僕は何も言えず、ただ目を伏せた。 登記簿に現れない、感情という名の“記録されない遺産”がそこにはあった。

サザエさんに例えるなら波平が二人いたような話

「家族って、難しいですよね。…波平さんが二人いたら、サザエさんも大変だと思います」 その言葉に、僕は少しだけ笑った。 法と感情の間に立つ僕には、その例えがとてもリアルに思えた。

解決への一歩とその代償

真実がもたらした家族の再構築

老婦人は、相続人を偽ったことで家庭裁判所からの指導を受けた。 若者は相続人として認められたが、財産には関心を示さなかった。 彼が望んでいたのは、「父の存在を否定されないこと」だった。

やれやれこれでようやく眠れるかもしれない

調査も終わり、報告書を送信した夜、久々にぐっすり眠れた。 やれやれ、、、もう、こんな重たい案件はしばらく遠慮したい。 しかし僕は知っている、きっとまたすぐに眠れぬ事件がやってくることを。

そして日常が戻る司法書士事務所

何事もなかったかのように書類が積まれていた

翌朝、事務所の机にはまた山のような書類が積まれていた。 「この建物、会社の名義変更って…シンドウ先生、すぐ対応できますか?」 サトウさんの冷静な声が、日常の再開を告げる鐘のように響いた。

サトウさんは今日も塩対応だった

「コーヒーは自分でいれてください。先生、書類逆さです」 きっぱりと言い放つサトウさんの態度に、僕は肩をすくめた。 司法書士の日々は事件よりも、塩対応との戦いかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓