境界に立つ古びた杭がすべての始まり
朝一番、事務所に飛び込んできた依頼人は、境界標が二重に存在していると困惑していた。地元の土地に詳しいはずの人でも、時折こういった不可解なズレに出くわす。
私の目の前には古びた図面と、数枚の写真。そして、それ以上に深い過去が横たわっていた。
依頼人が語る不可解な境界のズレ
「父の代からこの土地は変わっていないはずなんです」依頼人はそう言って、地面を指さした。
確かに一見整った境界に見えるが、杭の位置が微妙に違う。これは何かある。
現地に残された謎の二重杭
測量図と照合すると、どうやら一本余計に杭が打たれている。誰が、何のために?
不自然なほど正確な角度で打たれたその杭は、意図的なものに見えた。
旧所有者が遺した測量図の罠
登記簿から辿った旧所有者の名前で古い地積図を取り寄せると、手描きの測量図が現れた。
そこには現在とは異なる筆界が、赤鉛筆で薄く記されていた。
昭和四十年代の手描きの地積図
地積図は昭和の香りがする紙に描かれていた。誰かが定規で慎重に引いた線。
しかし、その筆界は今の杭と一致しない。
一枚のコピーが示す意外な筆界
コピーを何度も重ねて見ていると、微妙なずれに気づく。
まるで誰かが線を引き直したような痕跡だった。
境界標の横に眠る記憶を掘り起こす
現地に赴くと、雨に濡れた竹林に埋もれた古い杭が顔を覗かせていた。
測量士に確認すると、「これは明らかに昔の境界標ですね」と言う。
雨に濡れた竹林の中に埋もれた杭
足元が滑る中、スコップで掘り出した杭は錆びていたが、しっかりと地中に固定されていた。
その杭が示すのは、現在の境界と明らかに異なるラインだった。
土地家屋調査士の苦い顔と目配せ
「これは揉めますね……」調査士が苦笑する。現場の緊張感は高まった。
やれやれ、、、こんな案件に限って雨まで降ってくる。
誰かが境界をずらした理由
元の所有者に聞き込みを始めると、どうやら過去に隣地とのトラブルがあったようだ。
杭を動かした可能性も含めて、さらに調査を進めることにした。
謄本に残された名義の断絶
名義が途中で共有から単独に変わっている。何かがあった証だ。
共有解除の登記原因があいまいで、背後にある事情が気になる。
失われた一筆と過去の共有地問題
地元の古老が語るには、「あそこは昔、村の共有地だった」らしい。
誰かがそれを個人の土地にしてしまったのかもしれない。
サトウさんが静かに呟く推理
事務所に戻ると、サトウさんが机の上の図面を一瞥して言った。
「これは確信犯ですね。線を引いた人、意図があります」
「これは確信犯ですね」
「昔から境界で揉める土地って、だいたい誰かが得してるんですよ」
その冷静な指摘に、背筋が少しだけ冷たくなる。
筆界特定制度の落とし穴
制度があっても、現場では曖昧なまま進むこともある。
紙の上の線より、人の記憶と欲の方が濃い。
やれやれ、、、土地の境界ってやつは
空を見上げると、いつの間にか雨は止んでいた。
泥だらけの靴と湿った背中を感じながら、私は深いため息をついた。
気づけば山奥で測量テープとにらめっこ
かつての野球部のように、ポジションを守る感覚で杭を見つめる。
守るべきは、この土地の記憶なのか、それとも依頼人の利益か。
サザエさんの家だって間取り変わるくらいだし
「まぁ、あの家は風呂が玄関の隣にあったりしますからね」
サトウさんの一言に、少しだけ笑ってしまった。
実は眠っていた地元の因縁
祠の横にあった杭が、かつての境界を指していた。
それを囲うようにずらされた現代の杭。
旧地主と隣人とのいさかい
聞き込みで明らかになった、土地を巡る過去の裁判。
杭はそのとき、静かに動かされていた。
祠を囲うように動かされた杭
そこに祈りがあったなら、杭もまた信仰の証だったのかもしれない。
人の心が動けば、線も動く。土地は黙ってそれを受け入れる。
司法書士が動くとき
関係者全員の同意を得て、筆界確認書を作成する。
誰もが腑に落ちないまま、しかし必要な手続きを進めた。
登記原因証明情報の裏に書かれた一行
「筆界不一致に伴う訂正」
それが静かな、でも重い結末だった。
筆界確認書に印鑑を押す震える手
依頼人の手が震えていた。怒りか、安堵か。
私はただ、記録として淡々と処理するだけだった。
過去の罪は静かに訂正される
境界線は修正された。登記も無事に完了した。
でも、心に残った杭は、まだそこにある気がしていた。
境界線の修正登記完了
登記簿上は整った。公的には、もう何の問題もない。
それが一番の解決ではあるのだが。
隣接地の承諾と不動産の未来
地元では、こうした「調整」が今も続いている。
土地には人の歴史が刻まれているのだ。
最後に残ったのは濡れた靴とサトウさんの一言
事務所に戻ると、サトウさんが一瞥して言った。
「ちゃんと長靴履いてください、シンドウさん」
「ちゃんと長靴履いてください」
ああ、今日も怒られたか、、、。
でもまぁ、今回もなんとかなったし、よしとしよう。
事務所に戻った静かな午後
窓の外には、雨上がりの青空。
私はコーヒーを一口すすって、静かに目を閉じた。