地積測量図が語る真実

地積測量図が語る真実

司法書士事務所に舞い込んだ一本の電話

午前九時半。まだコーヒーも飲みきっていないうちに、電話が鳴った。事務所の片隅でサトウさんが小さくため息をつきながら受話器を取る。「はい、シンドウ司法書士事務所です」——声の調子で、めんどくさい話だとわかった。

受話器の向こうの男性は、相続登記のために必要な地積測量図が見つからないと訴えていた。測量図がない土地?それはまるで、ナミヘイの髪の毛が一本もないくらい、不自然な話だった。

地積測量図が紛失したという依頼内容

「いや、確かに前の登記のときはあったんですよ」と依頼者は言うが、法務局の公図にも、測量図の写しにもその土地の詳細な図面が見当たらない。しかも、登記申請の直前になって消えていたという。

「やれやれ、、、」と呟きながら、私はその土地にまつわる資料を確認しはじめた。どうにもきな臭い。司法書士というのは、書類を見れば嘘がわかる。今回の“嘘”は、紙の中にあった。

サトウさんの塩対応と図面の重要性

「地積測量図が消えることなんてあるんですか?」と私が聞くと、サトウさんはパソコンのモニターを見たまま、顔を上げずに言った。「ないとは言い切れませんけど、ほぼありえませんね。ていうか、それ、誰が提出した図面ですか?」

一拍置いた私が名前を言うと、サトウさんはようやく顔を上げた。なるほど、とでも言いたげに。「その人、数年前にも境界トラブル起こしてましたよね?」——記憶力が恐ろしい。

土地家屋調査士との微妙な関係

調査士の名前を確認すると、見覚えがあった。前に一度だけ仕事を共にしたが、境界線の主張が常に強気で、依頼者寄りだった。「あの人か、、、」思わず私の顔がゆがむ。

その調査士が作った地積測量図が、依頼者側の登記済証と一致しない——そうなると、一気に話は面倒になる。測量図の喪失どころか、改ざんすら視野に入ってくる。

測量図に記された奇妙な点線

サトウさんが見つけてきた過去の謄本のコピーに、かすかに点線のようなものが写っていた。縮尺のせいか、ほとんど気づかれないレベルだ。しかし、何かが違う。

「これ、境界の標識じゃなくて、昔の分筆線かもしれません」そう言ってサトウさんが指差した位置は、ちょうど依頼者の主張する面積と公図が食い違っている地点だった。

正確すぎる線が生む違和感

私も改めて見て思った。不自然にまっすぐな線が、土地の形と調和していない。しかも、その線の先にあるのは、隣の土地にある古びた物置だった。

もしかして——測量図は、隣地をわずかに侵食する形で書かれていた?だとすれば、意図的な操作が疑われる。

隣接地権者が語った意外な証言

翌日、私は隣地の所有者を訪ねた。杖をついた初老の女性が静かに語る。「昔ね、その測量士さん、家の前で測ってたことがあったの。うちの物置、ちょっと動かしてくれって言われたのよ」

動かした?それは境界をずらすような行為ではないか?まるで、怪盗キッドが夜空に煙幕を張って宝石をすり替えるように、図面上の事実がすり替えられたのだ。

古びた物置とその下にあるもの

現地調査に行くと、確かに物置の位置がわずかに公図と違っていた。しかも、下にはコンクリートの古い基礎が残っていた。「これ、本当の物置の位置だったんじゃないか?」

境界の真実は、測量図の外に眠っていた。

登記簿と図面のわずかなずれ

登記簿上の面積と、現地の面積に数平方メートルの差があった。それを図面で埋めようとすれば、たった一本の線で済む。だが、その一本が他人の土地を侵していれば、話は別だ。

それがたった数メートルであっても、不動産登記では致命的になる。

境界の数字が動かす人間関係

土地は金だ。数メートルの違いが、登記申請を潰す。依頼者の狙いは、その数メートルを確定させて売却価格を上げることだったのだろう。だが、嘘は長く続かない。

証拠が図面に残っていた。それも、図面の“外”に。

行方不明になった元地主の影

さらに古い登記簿を追うと、問題の土地は数十年前に売買されていた。そして当時の地主は、いまも連絡が取れないままだった。だが、サトウさんが役所の住民票を追って見つけた。

「この人、数年前に亡くなってます。でも、測量図の作成日よりも前に亡くなってるんです」——つまり、所有者不在の間に勝手に測量がされ、境界が確定されていた。

図面に載らないものこそが真実

私は測量士に電話をかけ、資料を突きつけた。「あの図面、誰の立会で引いたんですか?」——返答はあいまいで、責任の所在も曖昧だった。こういうとき、犯人はたいてい沈黙する。

「図面に載っていないことが、一番の証拠になることもあるんですね」サトウさんの冷静な言葉に、私は苦笑した。

解決編と測量図の証言

依頼者には登記を断った。そして、誤った境界を修正するため、行政書士や調査士との協議が始まった。時間はかかるが、正しい線を引くことが、司法書士の仕事だ。

境界線は一本の線だが、人の欲や嘘を浮かび上がらせる鏡のようなものでもある。測量図は語った。嘘を、そして、真実を。

最後に笑ったのは誰だったのか

結局、依頼者は登記を諦め、隣地と和解する形になった。「こんなことなら最初から、、、」とつぶやいて帰る姿は、どこか寂しげだった。

私はサトウさんと目を合わせた。「また面倒なのが来るんでしょうね」と彼女。私は肩をすくめる。「やれやれ、、、それが俺たちの仕事だ」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓