第一章 忙しさの中の依頼
午後の訪問者が持ち込んだ登記簿
八月の午後、事務所のクーラーがようやく効き始めた頃、男が訪ねてきた。 日焼けした顔に麦わら帽子、手には年季の入った登記簿謄本が握られていた。 「この家、父の名義なんですが、名義変更をお願いできませんか」と言った。
依頼内容は「父の家」の名義変更
表面的にはただの相続による名義変更案件。 だが、謄本の構成に違和感があった。平成初期の登記が妙に新しかったのだ。 「この家、長く空き家だったって言ってましたけど……変ですね」とサトウさん。
第二章 記録に残らない過去
消えたはずのもう一通の登記簿謄本
法務局で確認すると、同じ地番に別の謄本が存在していた。 しかしそれは、五年前に閉鎖された「旧謄本」だという。 「なぜ閉鎖されたんでしょうね」とぼそりと呟くと、サトウさんがにらんできた。
サトウさんの塩対応と名推理
「その言い方だとあなた、まるで気づいてないフリしてるようですね」 塩対応にもほどがあるが、彼女の推理は鋭い。 「たぶん、二重登記の跡を意図的に消した人がいます。旧謄本に本当の相続人が記録されてたんでしょう」
第三章 消えた土地の謎
謄本と現地のズレ
現地調査に向かうと、問題の家の隣に、もう一軒の空き家が存在していた。 その家は登記上存在していない。完全に“無戸籍”状態だ。 「サザエさんで言うと、花沢さんの家が急に消えたレベルの事件ですね」とつぶやいた。
古い住所に潜む記録の影
町内会の記録を調べると、件の家に「別の兄弟」がいた形跡があった。 しかし、その人物の戸籍も住民票も消えていた。 「これは本格的にややこしくなってきましたね」と呟いたら、また睨まれた。
第四章 空き家と遺産相続の罠
名義人がもう一人存在する可能性
司法書士として一番厄介なのが“隠れた相続人”の存在だ。 戸籍を追い直すと、男の父には養子縁組をした履歴があった。 その養子がこの“消えた兄弟”である可能性が濃厚だった。
かつての養子縁組の痕跡
昔の戸籍謄本に、養子縁組の記録がわずかに残っていた。 数年で縁組が解消された形跡があるが、土地の名義は修正されていなかった。 「やれやれ、、、また書類の森に迷い込むパターンですね」とため息が出た。
第五章 相続放棄と背後にいる男
書類上の死者の名
解消された養子縁組の男は、書類上“死亡”扱いになっていた。 だが、死亡届も火葬許可証も提出されていない。 つまり“死んだことにされた”だけで、実在している可能性が高い。
裁判所提出書類の矛盾点
家庭裁判所に確認すると、相続放棄の申述書が出されていた。 が、それには不自然な点が多かった。筆跡が違う。日付がずれている。 これは誰かが、土地を一人占めするために仕組んだ虚偽申述だと気づく。
第六章 登記官の証言
不自然な訂正と付箋の意味
法務局の登記官が語ったのは、奇妙な訂正依頼の記録だった。 申請者が自ら「前回の登記を訂正してほしい」と申し出ていた。 だがその訂正には、過去の登記簿を“閉鎖”する処理が伴っていた。
謎の登記簿補正記録
登記官いわく「普通はこんな補正出しませんよ、危ないですから」 この補正には明らかに不審な意図がある。 “兄”の存在を消し、土地を奪おうとする誰かの強い意志が感じられた。
第七章 過去の司法書士と未完の依頼
旧司法書士の名刺とその末路
押入れから出てきたのは、今は廃業した司法書士の名刺。 その人物が数年前にこの件の相談を受けていた痕跡があった。 だが彼はその後、急に業務を止め、廃業していた。
放置された公正証書
資料の中に、未提出の公正証書遺言があった。 そこには“兄に相続させる”とはっきり記載されていた。 その存在を依頼者の男は「知らなかった」と言ったが、信じられなかった。
第八章 追い詰められる真犯人
登記簿改ざんの動機と利益関係
すべては、土地を独り占めするための巧妙な“死者の偽装”だった。 男は養子だった兄の存在を隠し、自分だけが相続人であると装ったのだ。 そして、前の司法書士が気づいた瞬間に“仕事を外した”。
土地の転売と架空の相続人
既にこの土地は、第三者へ転売される手続きが始まっていた。 しかも、登記上の買主は“ペーパーカンパニー”だった。 「うまく逃げたつもりなんでしょうが、証拠は全部残ってますよ」とサトウさん。
第九章 サトウさんの逆転推理
書類の紙質から暴く真実
決定打は、登記簿に貼られていた付箋の“紙質”だった。 それが十年前の用紙と一致しなかったのだ。 つまり、最近誰かがこっそり貼り替えた証拠だった。
やれやれ、、、結局また彼女が主役
調査報告書の最後に、僕は小さく「サトウさんの推理による」と書き加えた。 「やれやれ、、、」僕は天井を見上げてつぶやいた。 またしても彼女に、いいところを持っていかれたのだった。
第十章 登記簿が語った家族の真実
隠された兄の存在
警察が動き、兄は無事に見つかった。 家族に捨てられたと思っていた彼の目には涙があった。 「これで、ようやく父の家に帰れる」と言っていた。
記録がつないだ再会と赦し
登記簿というただの記録が、一つの家族をつなぎ直した。 真実は紙の上から浮かび上がり、言葉よりも雄弁だった。 「俺たちの仕事、案外悪くないですね」と、珍しく僕は前向きなことを言った。