静寂を破る電話
深夜の事務所に響いた一報
夜の帳が下りた事務所に、けたたましい電話のベルが鳴り響いた。デジタル時計は午前二時を指している。疲れた体をソファから引きずり起こし、受話器を手に取ると、震える声の女性が名乗った。「登記に関する相談です……いま、すぐにお話できますか?」
サトウさんの冷静な判断
翌朝、眠気と戦いながらその内容をサトウさんに伝えると、「それは普通じゃありませんね。現地確認が必要です」と、すぐに調査の段取りを進めていた。彼女は感情を見せず、静かにパソコンを操作していた。やれやれ、、、また今日も彼女に助けられるのか、と僕は内心でため息をついた。
依頼人の奇妙な沈黙
事情を語らない理由
依頼人の女性、吉永という名だけは明かしたが、それ以外はほとんど口を閉ざしていた。「ある家の登記を調べてほしい。それだけです」。不自然な沈黙が妙に引っかかる。僕はファイルを閉じて立ち上がった。「現地に行きましょうか。百聞は一見にしかずですしね」
古びた登記簿に残る痕跡
地番を頼りに調べた登記簿には、見慣れない旧姓の女性名義と、五年前に行われた所有権移転登記が残っていた。司法書士の欄には、見覚えのない名前。登記の理由は「贈与」だった。だがその筆跡が不自然に思えたのは、ただの勘ではなかった。
事件の舞台は空き家
隣人の証言と消えた相続人
現地には今にも崩れそうな空き家があった。隣人の老婆は言った。「あそこ?昔は娘さんが住んでたけど、事故でねえ…。でも、相続人なんていなかったはずですよ」。話を聞いた僕は不意に背筋が寒くなった。登記上には「贈与」になっているのに。
古新聞が語る過去
サトウさんが古新聞の束を持って戻ってきた。そこには火災事故の記事と、住人女性の死亡、そして「親族が不明」との記述。にもかかわらず、なぜその後に贈与の登記が通っているのか。不明な相手に不動産を贈与するというのは、漫画の中だけの話だ。
サトウさんの違和感
地番と現地の不一致
サトウさんが地図と登記簿の写しを突きつけた。「この地番、実際には隣の家です。登記簿上の家は、空き家じゃありません」。僕は目をこすりながら地図を見直す。確かに、少しずれている。まさか、番地を故意にズラして登記を……?
鍵を握る謎の固定資産税通知
翌日、市役所で確認した税台帳には、別の住所に税金が課されていた。その宛名は、ある男性の名前。そして、その男の名前が旧姓の女性と同じ名字だったことに、サトウさんは鋭く気付く。「これ、家族間の偽装贈与かもしれませんね」
元野球部の勘が働く
怪しい名義変更の時期
僕の脳裏に浮かんだのは、登記の時期。事故の二週間後に名義が変わっている。通常、相続登記はもう少し時間がかかるものだ。それなのに即座に贈与扱いにされた?これは、遺産隠しを疑われても仕方ない。
かつての仲間が語る真相
僕は思い出した。その登記を担当した司法書士の名前は、大学時代の野球部の後輩だった。彼を訪ねると、驚いた顔でこう言った。「あれは依頼者に強く言われて……。俺も引っかかってたけど、書類は揃ってたし」。やはり、裏がある。
登記簿が示したもう一人の存在
消された共同名義
本当の登記簿謄本には、最初「共有」と書かれていた形跡があった。その名義が塗りつぶされ、一人の名前だけに修正されていた。「これ、訂正の登記が出されてませんね」とサトウさん。つまり、誰かが書類を偽造していた。
別の司法書士の影
さらに調査を進めると、事件当時に別の司法書士が依頼を受けていた痕跡が出てきた。その人物はすでに廃業していたが、偶然にも同じ名字を持つ人物が相続人として出てくる。これはもう、完全に仕組まれた家族内のトリックだ。
やれやれ、、、真実はいつも紙の中に
地味な証拠が光る瞬間
役所の倉庫で眠っていた一枚の謄本の写しが、事件の全貌を暴いた。そこには、元の所有者が実は病床にあり、意思確認が不可能だった証拠が記されていた。「この贈与は無効になり得ます」と僕は静かに呟いた。
サトウさんの容赦ないツッコミ
「つまり、あなたが最初に登記簿の住所を見間違えなければ、もっと早く解決してましたよね」サトウさんの塩対応が突き刺さる。やれやれ、、、と肩をすくめる僕の横で、彼女はすでに次の事件のファイルを開いていた。
謎を解く鍵は訂正印
訂正された一行の裏にある動機
贈与契約書には訂正印が押されていた。が、それが亡くなった女性本人の印影ではなかった。比較した印影が証拠となり、すべての嘘が崩れ落ちた。「親族が財産を奪うために、死後に書類を偽造した……そういうことですね」
まさかの遺言トリック
遺言書も見つかったが、そこには違う名が記されていた。吉永という依頼人の名だった。彼女こそ、本当の相続人だったのだ。「だから沈黙していたのか」とサトウさんが一言。名誉を守るために、彼女はすべてを一人で背負っていた。
最後の対決と告白
依頼人の涙と過去
「姉はずっと、私のことを庇ってくれていました。遺産なんていらなかった、でも……真実だけは残したかったんです」。吉永さんの涙に、僕はただ静かに頷いた。登記簿は嘘をつかない。だが、それを使う人間は、嘘を重ねてしまう。
シンドウのひと言が導いた結末
「この贈与は無効として抹消できます。手続き、やりましょう」そう告げると、彼女は小さく笑った。法務局への抹消登記申請の準備に入ったその瞬間、事務所の空気が一気に現実に戻っていくのを感じた。
事件は解決したが
変わらぬ事務所の朝
朝のコーヒーの香りと、コピー機の音。そして、サトウさんの冷たい視線。僕は手に持っていた書類を落としそうになりながら、やっとの思いで席に着いた。事件があっても日常は変わらないのだ。
サトウさんの塩対応に戻る日常
「また地番間違えてませんよね?」の一言に、僕は苦笑した。「完璧な司法書士ってのは、いないもんだな」と呟くと、「だから事務員がいるんです」と返された。やれやれ、、、今日もまた、サトウさんに助けられている。