遺言書に向き合う前に心がざわついた朝
司法書士という仕事柄、遺言書の作成には慣れています。依頼があれば淡々と手続きを進め、法的に有効な形に整える。それが日常です。しかし、ある朝、自分自身の遺言書をふと考えた瞬間、なぜか胸の奥がざわついたのです。まるで他人事のように扱ってきた「人生の締めくくり」が、急に現実のものとして迫ってきた感覚でした。45歳。独身。モテない。地方で小さな事務所を営み、事務員と二人きり。そんな自分の人生の帳尻が、何一つ合っていない気がして、机の上の書類を見つめたまま、しばらく動けませんでした。
司法書士として慣れているはずの書類なのに
依頼人に遺言書を勧める時、私はよく「備えは安心につながりますよ」と伝えています。けれど、自分のこととなるとどうでしょうか。紙の上に未来を並べてみても、そこに“納得”が存在しないのです。遺産は少ないし、託す相手もいない。書く意味があるのかと、手が止まりました。法律的な整備と、心の整理は別物だと気づかされました。特に独り身の中年男性にとって、それは痛烈な現実です。書き方は知っているのに、書けない。これほどの矛盾を、自分自身が体験するとは思いませんでした。
自分の人生が空白のまま置き去りだった
他人の書類ばかり整えてきたせいか、自分の人生のページだけがずっと白紙のままでした。仕事に追われ、家に帰っても誰もいない。テレビをつけたまま眠ることも珍しくなく、気がつけば「なんとなく」で一日が終わっている。若い頃には、「司法書士になったら人生安泰だ」と思っていました。ところが現実は、心の中だけが置き去りになっていたのです。人生の後半戦に突入しながら、前半と何が違うのか自分でもわからなくなっていました。
気づいたきっかけはたった一つの質問だった
「先生は自分の遺言書、もう作ってるんですか？」そう聞いてきたのは、相続相談に来た40代の依頼者でした。そのときの私は、笑ってごまかしました。でも内心はぐらつきました。答えられなかった。それがすべてでした。専門家である前に、一人の人間としての人生を、私はまだ整えていなかったのです。その言葉が、まるで胸の中で何かを壊していったように思います。
自分の人生を整えるという違和感
「自分の未来を整える」。そんな言葉を口に出すだけで、なんだかこそばゆいような、照れくさいような気持ちになります。男がそんなこと言うなんて……と自分でツッコミを入れたくなる。でも、じゃあ整えずにこのまま進むのかと考えると、それもまた空しい。どうせ誰にもモテない人生なら、せめて自分の気持ちくらいは整理しておきたい。そんなふうに思い始めました。
未来に対する設計図がまったくなかった
司法書士として、会社の定款を整えたり、不動産の登記計画を考えたりすることは日常茶飯事です。でも、自分の未来には何の設計図もなかった。もし仮に10年後に自分が倒れたとして、誰が何をどうしてくれるのか。今のままでは何も決まっていませんでした。それどころか、10年後に“誰か”がそばにいるという想像すらできなかった。仕事だけが人生の軸になっていて、そこから外れると何も残らない。そんな不安を、改めて実感しました。
お金と老後だけの話じゃないと気づいた
未来を整えるというと、つい「老後の資金」とか「終の住処」といった話に思いがちです。けれど本当に必要なのは、“心の未来”を整えることでした。どんなふうに生きたいのか、誰と過ごしたいのか、何を大切にしたいのか。お金じゃ買えない部分にこそ、未来の本質がある。私はそのことを、仕事で遺言書を書きながら、ずっと見過ごしていたのだと思います。
忙しさを理由にしていた時間の浪費
毎日が忙しい。それは事実です。でもその「忙しさ」は、本当に必要だったのか。依頼が詰まっていても、本当に必要だったのか。忙しいから、と後回しにしてきたものが、気づけば自分の人生を食いつぶしていた。仕事が嫌いなわけじゃない。でも、仕事に逃げていた面もある。そう自覚するには、時間がかかりました。
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遺言書に向き合う前に心がざわついた朝
司法書士という仕事柄、遺言書の作成には慣れています。依頼があれば淡々と手続きを進め、法的に有効な形に整える。それが日常です。しかし、ある朝、自分自身の遺言書をふと考えた瞬間、なぜか胸の奥がざわついたのです。まるで他人事のように扱ってきた「人生の締めくくり」が、急に現実のものとして迫ってきた感覚でした。45歳。独身。モテない。地方で小さな事務所を営み、事務員と二人きり。そんな自分の人生の帳尻が、何一つ合っていない気がして、机の上の書類を見つめたまま、しばらく動けませんでした。
司法書士として慣れているはずの書類なのに
依頼人に遺言書を勧める時、私はよく「備えは安心につながりますよ」と伝えています。けれど、自分のこととなるとどうでしょうか。紙の上に未来を並べてみても、そこに“納得”が存在しないのです。遺産は少ないし、託す相手もいない。書く意味があるのかと、手が止まりました。法律的な整備と、心の整理は別物だと気づかされました。特に独り身の中年男性にとって、それは痛烈な現実です。書き方は知っているのに、書けない。これほどの矛盾を、自分自身が体験するとは思いませんでした。
自分の人生が空白のまま置き去りだった
他人の書類ばかり整えてきたせいか、自分の人生のページだけがずっと白紙のままでした。仕事に追われ、家に帰っても誰もいない。テレビをつけたまま眠ることも珍しくなく、気がつけば「なんとなく」で一日が終わっている。若い頃には、「司法書士になったら人生安泰だ」と思っていました。ところが現実は、心の中だけが置き去りになっていたのです。人生の後半戦に突入しながら、前半と何が違うのか自分でもわからなくなっていました。
気づいたきっかけはたった一つの質問だった
「先生は自分の遺言書、もう作ってるんですか？」そう聞いてきたのは、相続相談に来た40代の依頼者でした。そのときの私は、笑ってごまかしました。でも内心はぐらつきました。答えられなかった。それがすべてでした。専門家である前に、一人の人間としての人生を、私はまだ整えていなかったのです。その言葉が、まるで胸の中で何かを壊していったように思います。
自分の人生を整えるという違和感
「自分の未来を整える」。そんな言葉を口に出すだけで、なんだかこそばゆいような、照れくさいような気持ちになります。男がそんなこと言うなんて……と自分でツッコミを入れたくなる。でも、じゃあ整えずにこのまま進むのかと考えると、それもまた空しい。どうせ誰にもモテない人生なら、せめて自分の気持ちくらいは整理しておきたい。そんなふうに思い始めました。
未来に対する設計図がまったくなかった
司法書士として、会社の定款を整えたり、不動産の登記計画を考えたりすることは日常茶飯事です。でも、自分の未来には何の設計図もなかった。もし仮に10年後に自分が倒れたとして、誰が何をどうしてくれるのか。今のままでは何も決まっていませんでした。それどころか、10年後に“誰か”がそばにいるという想像すらできなかった。仕事だけが人生の軸になっていて、そこから外れると何も残らない。そんな不安を、改めて実感しました。
お金と老後だけの話じゃないと気づいた
未来を整えるというと、つい「老後の資金」とか「終の住処」といった話に思いがちです。けれど本当に必要なのは、“心の未来”を整えることでした。どんなふうに生きたいのか、誰と過ごしたいのか、何を大切にしたいのか。お金じゃ買えない部分にこそ、未来の本質がある。私はそのことを、仕事で遺言書を書きながら、ずっと見過ごしていたのだと思います。
忙しさを理由にしていた時間の浪費
毎日が忙しい。それは事実です。でもその「忙しさ」は、本当に必要だったのか。依頼が詰まっていても、本当に必要だったのか。忙しいから、と後回しにしてきたものが、気づけば自分の人生を食いつぶしていた。仕事が嫌いなわけじゃない。でも、仕事に逃げていた面もある。そう自覚するには、時間がかかりました。
日々の業務に追われて自分を見失う
朝から電話対応、昼は法務局、夕方には面談。終業時間なんてあってないようなものです。気がつけば、家に帰るともうヘトヘト。風呂に入るのも面倒で、そのままソファに倒れこむ日も多い。そんな日々が続くうちに、自分という存在が、ただの“司法書士業務の機械”になってしまっている気がしました。何をしたいかより、何をすべきかばかりに追われていたのです。
「優しいね」と言われても心は乾いていた
たまに依頼者から「先生って優しいですね」と言われることがあります。そう言ってもらえるのはありがたい。でも、それが心に染みるわけでもなく、どこか空っぽなまま「そうですかね」と笑って返す。自分の優しさが、単なる職業上の態度になっていくようで、正直つらくなるときがあります。誰かに本音で甘えたい。でもそんな相手もいない。それが現実です。
