他人の人生ばかり見ていたら自分の人生が霞んできた

他人の人生ばかり見ていたら自分の人生が霞んできた

人の人生に関わる仕事を選んだはずが

司法書士という仕事を選んだ理由は、誰かの人生の節目に寄り添いたかったからだ。登記、相続、成年後見…それぞれの局面にある相談者の力になれることに誇りを感じていた。だが最近、その誇りが霞のように薄れてきていることに気づいた。気がつけば、日々の業務の中で「自分の人生」を感じる瞬間がほとんどなくなっていたのだ。誰かの手続きを手伝いながら、いつの間にか私は自分の手続きを後回しにしてきたのかもしれない。

喜ばれることがやりがいだった

最初の頃は「ありがとう」「助かりました」の言葉が本当に嬉しかった。自分の知識と時間が誰かの不安を解消する力になっている実感があったからだ。遺産分割協議で揉めていた家族が和解に至った時、涙を流して握手していた姿は今でも忘れられない。しかし、そうした感動の陰で、私はどこかで「私の存在はこの人の人生の中の一瞬だ」と感じるようになっていった。そこに居ても、私の人生はそこにはないという感覚だった。

でも気づいたら私はどこにいるのか分からなくなった

気づけば、誰かのための努力はしているけれど、自分のための努力はしていない。周囲が人生の節目を迎える中、私は自分の人生のページをめくる手を止めていた。後輩の結婚報告、友人の転職成功、親戚の出産報告。どれも素直に祝福しながらも、「じゃあ自分は?」という問いには答えが出せずにいた。

依頼者のストーリーは濃いのに自分の話は空白

誰かの人生は濃い。時に波乱万丈で、時に穏やかで、そこにはドラマがある。私はそのドラマの裏方として動いている。でも、自分自身の人生のストーリーを語ってくれと言われたら、正直に言って何も出てこない。話せるような転機がない。ないというより、そういう場面に自分を出してこなかったのだと思う。

感情移入しても結末は私のものじゃない

遺産を巡る争いや、後見制度を巡る家族の対立。そうした案件に関わると、どうしても感情移入してしまう。夜中まで調べ物をしたり、文案を何度も見直したり。でも、どれだけ時間を割いても、最終的に報われるのは「依頼者の人生」であって、私のものではない。裏方として割り切ることは必要だが、続けば虚しさが蓄積する。

それでも全力で支えることが私の役目だった

それでも支える。それが自分の仕事だと、歯を食いしばってやってきた。元野球部だった頃の精神力が今もどこかに残っているのかもしれない。「チームのために」「監督のために」と走っていたあの頃と、今の私は同じような位置にいる。ただ違うのは、今の私は一人で走っているということ。ベンチで迎えてくれる仲間はいない。

土日も夜も誰かの人生の調整役

土日でも「緊急なんですが…」と電話がかかってくる。後見の相談、死亡届の話、貸金の督促。断る勇気がない。いや、断るとその人がどうなるかを考えてしまって断れない。自分の予定を後回しにするのが習慣になりすぎて、今では「自分の予定」がそもそもない。

電話は鳴るけど私を気にかける声は鳴らない

相談の電話はよく鳴る。「先生、お世話になります」「急ぎでお願いしたくて」と、私を頼る声はある。でも、「先生、体大丈夫ですか?」という声は鳴らない。いや、望んでないつもりだけど、時々ふとそんな言葉をかけてもらいたくなる。人のことばかり見ていると、誰かに見てもらいたいという感情が生まれてくる。

それでも断れない性分が余計に自分を擦り減らす

「大変そうですね」と言われることはある。でも、実際に私が助けを求めたとき、手を差し伸べてくれる人がいるかどうかは分からない。だからこそ、私は誰かの頼みを断れないでいる。昔からそうだった。断ったあとに「冷たい人だな」と思われるのが怖いだけかもしれない。でも、その性分が私の心と時間を削っていく。

比較するつもりはなくても見えてしまう

他人と比べるなと言われても、人間は見てしまう生き物だ。依頼者の年齢、家族構成、持ち家の有無。手続きを進める中で、否応なくその人の「人生設計」が目に入ってくる。そうして、ふと我に返ったとき、自分には何もないことに気づいてしまうのだ。

結婚出産起業相続人 皆人生の大舞台に立っている

相談に来る人は皆「人生の節目」にいる。結婚して名字が変わった人、子どもが生まれて戸籍を作る人、親を看取って相続の手続きをする人。皆、人生という舞台の大事な場面を迎えている。私はその横で、照明の明るさを調整するだけの役割なのかもしれない。

いつからか私は舞台袖で拍手を送るだけになっていた

人の節目に立ち会うことが増えるたび、私は自分の人生が「傍観者」になっていることに気づいた。誰かの成功に拍手を送り、誰かの喪失に寄り添う。その繰り返しの中で、自分の人生のセリフを言うタイミングを失っていた。もはや舞台袖から出る勇気すらなくなっていた。

自分の時間を作っても虚無感だけが残った

無理にでも休みを取ってみたことがある。でも、何をしていいのか分からなかった。テレビを見ても笑えず、旅行に行く気力もなく、ただ空白の時間が流れていく。休むことはできても、満たされる感覚がまったくなかった。

空いた時間にやりたいことが見つからない

「やりたいことはなんですか?」と聞かれるのが一番困る。かつてはあったかもしれない。でも、今は思い出せない。何も考えずにキャッチボールしていた頃が一番楽しかった。そう思う時点で、だいぶ人生から離れているのかもしれない。

何のために頑張っているのか分からなくなる夜

布団に入った瞬間、「今日、何をしたんだっけ」と思うことがある。やるべきことはやった。でも、それは「誰かのため」であって「自分のため」ではなかった。そんな日が続くと、やりがいも意味も見えなくなってくる。

誰かのために尽くすことは悪いことじゃない

私はこれからも人の人生に関わっていくだろう。それが司法書士という仕事だからだ。だけど、自分の人生がどこかに置き去りにされるような働き方は、そろそろ見直していきたいと思うようになった。

でも私の人生を後回しにする理由にはならない

誰かを支えることと、自分を犠牲にすることは違う。その境界線をきちんと引かないと、仕事も自分も壊れてしまう。優しさの使い方を、少しだけ変えていく必要がある。

私自身の人生にも主語を取り戻したい

今までは「○○さんの相続」「○○さんの契約」と他人の話ばかりだった。これからは「私がどうしたいか」「私が何をしたいか」も大事にしていきたい。小さな主語を取り戻すことで、自分の人生をもう一度歩き始められるかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。