ここは事務所か俺の家か曖昧になってきた話
朝起きたら事務所だった日があった
司法書士として日々忙しく働いていると、いつの間にか「事務所で仮眠」が「事務所で就寝」に変わっていた。ある朝、カーテンの隙間から光が差し込み、頭がぼんやりしたまま天井を見上げたとき、ここが自宅じゃないことに気づいて驚いた。そう、ここはあくまで「職場」のはずだったのだ。だが、最近は布団を敷いて寝ている時間のほうが家に帰るより長くなってきた気がする。少しずつ、でも確実に「俺の居場所」が変わりつつある。
始まりはちょっとした仮眠のつもりだった
きっかけは、たった30分だけの仮眠のつもりだった。昼休みに横になれるように、折りたたみマットを導入したのが最初だ。ところが夜遅くまで仕事をしてしまったある日、そのマットで朝まで寝てしまった。次第に「帰るの面倒だな」という気持ちが強くなり、気づけば寝袋が導入され、ついに布団セットまで買ってしまった。あのときの俺に言いたい、たった30分が人生の転機だったぞと。
布団を置いたらもう後戻りできない
人間、快適さには弱い。最初は床に寝て腰が痛くなったのでマットを買い、次は冬の寒さに耐えかねて羽毛布団を追加。挙句の果てに、枕まで家から持ってきてしまった。ここまで揃えてしまうと、もう“泊まる”ではなく“住む”感覚になってくる。夜中に仕事が終わり、スリッパのまま布団に直行する流れができあがると、自宅の存在意義とは何かを真剣に考えるようになった。
冷蔵庫の中身が仕事用じゃない
司法書士の仕事に必要な飲み物といえば、せいぜいペットボトルのお茶や缶コーヒーだろう。だが、うちの事務所の冷蔵庫を開けると、そこには納豆、豆腐、たまご、ウィンナー、そして牛乳が並ぶ。どう見ても一人暮らしの冷蔵庫と同じ顔ぶれだ。ある日、事務員さんが冷蔵庫を開けて「…あれ、これ先生の夕飯ですか?」と聞いてきたとき、少しだけ恥ずかしくなった。
いつの間にか味噌と卵と豆腐が常備されている
意識して買い溜めしたつもりはないが、気づけば買い物袋を提げて事務所に直行している日が増えた。仕事終わりにスーパーに寄って、そのまま“家に帰る感覚”で事務所に来る。そんな生活を続けていたら、味噌が常備され、豆腐の賞味期限に一喜一憂し、冷蔵庫の中に“家庭”が形成されていた。弁当ですら面倒で、インスタント味噌汁と卵かけご飯で一日を終える日もある。
事務員にこれ家じゃないですからねと言われた朝
ある朝、ゴミ袋を片手に朝食の食器を洗っていたら、出勤してきた事務員さんに「ここ、家じゃないですよ」と、苦笑い混じりに言われた。まるで母親に注意されるような気持ちになって、「わかってるよ」としか返せなかった。俺の生活習慣が事務所空間にじわじわと侵食しているのを、他人の目から突きつけられると、正直ちょっとショックだった。
家より事務所の方が快適になってしまった
何が問題かというと、自宅よりも事務所のほうが快適だという事実だ。エアコンは新しいし、Wi-Fiは爆速、書類もすぐ取り出せる。トイレもきれい。リビング代わりに使っている打ち合わせスペースは、今では俺のくつろぎ空間だ。これじゃあもう家に帰る理由がない。まさか職場の設備が整いすぎて、自宅が負ける日がくるとは思わなかった。
エアコンの効きとWiFiの安定感が異常に良い
家のエアコンは10年物で、効きが遅い。夜の寝苦しさを思えば、事務所の冷房は神レベル。WiFiも自宅では夜になると重くなるが、事務所は一日中サクサク。Zoomでの相談も快適。快適さを求めて事務所にいる時間が増えるのは、当然といえば当然かもしれない。でもそれって、どこか間違ってる気もする。
誰にも文句を言われない場所がここだった
結局のところ、誰にも「片付けて」「帰ってこい」「ご飯は?」と言われないのが、事務所だ。独身の気楽さを最大限に活かして、好きな時間に仕事をし、好きな時間に眠る。自由はあるが、自由すぎると人は堕落するのかもしれない。気楽な反面、どこか空虚なこの生活。でも、居心地がいいのもまた事実なのだ。
事務所の机で夕飯を食べる習慣ができた
気づけば事務所の応接テーブルが、完全に“ダイニングテーブル”と化していた。持ち帰ったお惣菜を広げ、テレビ代わりにスマホで野球中継を流す。箸の音と解説の声が響く空間に、違和感を覚えなくなった自分が怖い。仕事と生活の境界が完全に溶け合い、もはや「帰宅」という概念が薄れてきている。
コンビニ飯から始まったひとりご飯
最初は仕事が長引いたときだけ、コンビニで買ったご飯を事務所で食べていた。でも気づけば毎日のことになり、炊飯器の導入を検討している自分がいた。ひとり分のご飯を用意して、誰とも話さずに食べる時間。それが気楽で、でもちょっとだけ寂しくて、でもまた次の日も同じことを繰り返してしまう。
野球中継を流しながらの晩酌タイム
ビールを1本だけと決めて、仕事の終わりに野球中継を見ながら一息つく。元野球部の血が騒ぐのか、その時間だけは昔の自分に戻れる気がする。でもふと我に返ると、「俺、今どこで何してんだ?」という気持ちに襲われる。気づけば応援の声がむなしく響く、静かな事務所の夜。