三人と話した日は大騒ぎ
事件の始まりは電話一本から
朝の事務所に響く電話のベルは、まるで静寂を破る非常ベルのようだ。私はまだ湯気の立つコーヒーを片手に、受話器に手を伸ばした。「もしもし、司法書士の進藤ですが…」その一言で、平凡な日が騒がしい一日に変わるなんて、誰が想像しただろう。
朝一番の着信に警戒する癖
経験上、朝一番の電話にロクなものはない。相続の揉め事か、登記の変更に伴う地雷案件。今回は、どうやら「売買契約書の原本が見つからない」とのことだった。軽くため息をつきながら、私はカレンダーに「要注意」と書き加えた。
電話の主は思いがけない人物だった
声の主は、以前対応したことのある地主の田所さん。いつもは静かな老紳士が珍しく焦っていた。「登記の期限が迫ってるんだ!サザエさんのカツオくらいにドジ踏んでしまってねぇ…」と冗談交じり。だが、その声には妙な緊張感があった。
かけ違いの一歩手前で踏みとどまる
資料を確認すると、確かに原本は預かっていない。田所さんの勘違いか、それとも何かが抜けているのか。私は「とりあえず一度お越しください」と伝え、電話を切った。サトウさんが「今の、妙にせかせかしてましたね」と呟いた。
サトウさんの観察眼が光る
この事務所における名探偵は、私ではなくサトウさんである。私はワトソン的なポジションで、ボヤきながら現場に立つだけ。
何気ない一言に潜む違和感
「田所さん、契約書が“見つからない”って言ってましたよね。じゃあ、最初はあったという前提ですよ。」その言葉に私はハッとする。確かに、最初から紛失していたわけではなさそうだ。
書類の順番が語る真実
古いファイルをめくっていると、一枚だけページ番号が飛んでいた。順番に並ぶはずの契約書が、まるで怪盗キッドにでも盗まれたように忽然と姿を消していた。
実は計算されていた訪問時間
その日の午後一時に来ると言っていた田所さん。だが、その時間帯、たまたま近所の不動産会社の営業も来る予定だった。奇妙な偶然に、私は眉をひそめる。
午後に訪れた意外な依頼人
午後一時。予定通りやってきた田所さんと、入れ違いで入ってきた不動産会社の松村さん。ふたりは目を合わせた瞬間、妙な間を作った。
古い登記簿が暴く家族の秘密
ふと見返した登記簿の隅に、古い相続情報が記載されていた。どうやら松村さんの祖父と田所さんの父親が、かつて隣同士の土地をめぐって争っていたらしい。未解決の因縁が、またぞろ顔を出した。
あの同姓同名の謎
もう一つ気になったのは、契約書に署名されていた「田所正義」という名前。なんと松村さんの母方の旧姓が「田所」で、しかも正義という名の叔父がいた。世の中に偶然はない、なんてよく言ったものだ。
やれやれと言いたくなる展開
登記をめぐる話が、家系図の泥沼にまで発展するとは。私は椅子に深く沈みながら「やれやれ、、、まるで昔の推理漫画みたいだな」と呟いた。
三人目の来訪者で空気が変わる
その日の最後、もう一人の依頼人がふらりと現れた。田所家の遠縁だというその女性は、手元にある一通の手紙を私に差し出した。
不自然な沈黙が生んだ違和感
その場にいた三人の表情が、一瞬にして固まる。「これ…私が預かった契約書に挟まってたんですけど…」そこにあったのは、いままで誰も知らなかったもう一人の共有者の存在を示すメモだった。
会話の断片をつなぎ合わせて
田所さんの動揺、松村さんの沈黙、そして女性の手紙。サトウさんが「全部つながりましたね」と言った瞬間、まるでアニメのラストシーンのように、パズルが一気に完成した。
最後のピースは意外な場所に
最終的に問題は穏便に解決したが、私の頭の中には一日中残響のように会話がこだましていた。「3人と話すだけで、こんなに疲れるとは…」
にぎやかだった一日が語るもの
事件というほどでもない、けれど確かにドラマがあった一日。静かな事務所に、人の声が3回響いただけで、私はどっと疲れていた。
会話の数と事件の関連性
人と話すというのは、ただの情報交換ではない。呼吸を合わせ、間を読み、嘘を見抜く。ある意味では、裁判所での主張よりずっと難しい。
静けさこそがヒントだった
普段は「音がない」ことが当たり前の事務所だからこそ、話し声の持つ重みや違和感が浮き彫りになる。怪しいのは沈黙でも、沈黙の“前後”なのだ。
サトウさんの一言が決め手に
事件解決の一番の功労者は、やはりサトウさんだった。「先生、今日はにぎやかでしたね」私は笑いながら答えた。「ああ、にぎやかすぎて耳が閉じそうだったよ」