届かぬ恋はどこへ消えた

届かぬ恋はどこへ消えた

朝の郵便物と差出人不明の封筒

封筒の中身は恋文だった

朝、事務所に届いた分厚い郵便の束。その中に、ほんのりピンクがかった一通の封筒があった。切手は貼られていたが、宛名も差出人もない。

サトウさんがいつも通り無表情で仕分けする中、その封筒だけが異様な存在感を放っていた。封を切ると、中には手書きの手紙が一枚。そこには――まさかの恋文が綴られていた。

「……これ、誤配じゃなくて、わざとですよね」とサトウさん。俺は黙ってうなずくしかなかった。

宛名のない手紙と提出先の謎

手紙には「ずっとあなたが好きでした」という文面が並び、最後に「この気持ち、どこへ出せばよかったのでしょう」と書かれていた。まるで何かを諦めるような筆致だった。

差出人の名前もなければ、誰宛かも書いていない。司法書士という職業柄、謎めいた文書を扱うことには慣れているつもりだったが、これはまったくジャンルが違う。

恋文の提出先――そんな届け出制度があれば、登記簿に載っていたかもしれない。

サトウさんの冷静な分析

字のクセから差出人を探る

「これ、丸文字ですね。年齢は三十代後半から四十代。癖のある“あ”の書き方……見覚えあります」

サトウさんはメモ帳を引き出し、過去の依頼者の筆跡をめくり始めた。俺が野球部時代のノックを受けてた時よりも素早い動きだった。

「これ、この人です」と指差されたのは、五年前に相続登記で来た女性のカルテだった。名前は――藤崎。妙に記憶に残っていた名だった。

消印の町に何があるのか

封筒の消印は、山奥の小さな郵便局。以前その女性が引っ越した先だった。

まるで封筒が、何かしらの封印を解く鍵のように思えてくる。思い返せば、あの時のやりとりにもどこか余韻があった。

「恋の届け先を間違えると、時効が来るって話ですね」サトウさんがぼそりと呟いた。やれやれ、、、なんでうちの事務所に来たんだ、こんな話。

依頼人の登場と曖昧な記憶

二十年前の淡い思い出

藤崎という名前を聞いた瞬間、頭の奥から古い記憶が蘇った。高校時代、文化祭の準備室で見かけた眼差し。確かに話したことはあった。

恋と呼べるほどの交流はなかったはずなのに、どうして彼女はあの手紙を?

俺の脳内で、サザエさんのエンディングテーマが流れる。「来週もまた見てくださいね〜」という声が聞こえそうになった。現実逃避にしては安上がりすぎる。

シンドウのうっかりが鍵を握る

当時、俺は部活一筋だった。恋文なんて書かれた覚えもないし、受け取った覚えもない。だが、もしかしたら――投函されなかった便りがあったのかもしれない。

「先生、昔の自分宛てに出された郵便物って、受け取り拒否できますか?」とサトウさんが、いつになく真剣な顔で言った。

俺は思わず笑ってしまった。「拒否しても、こうして届くんだな。やれやれ、、、」

戸籍から浮かび上がる女性の名前

旧姓でたどる過去のつながり

登記記録と戸籍をたどると、藤崎の名前は結婚により変わっていた。しかし、その結婚は数年前に解消されていた。

一度だけ、彼女が名字の相談に来たときがあった。あのとき、話しきれなかった言葉が封筒に込められていたのだろうか。

「この字、あの時の離婚届の控えと同じです」サトウさんは冷静だったが、その目はどこか温かかった。

恋の行き先は過去の登記簿に

恋文の行き先を知りたくて、彼女は記録をたどったのだろうか。俺の住所や事務所を調べることは、司法書士の立場からすれば難しくない。

けれど、何も言わずに封筒だけを送った。その勇気と、未練の深さを思うと胸が痛くなる。

「恋の登記は、抹消できないんですかね」ふと口に出した俺の言葉に、サトウさんは小さく笑った。

夜の訪問者と沈黙の理由

彼女はなぜ手紙を返送しなかったのか

夕方、誰もいない事務所にインターホンが鳴った。映った顔は――藤崎だった。手には、あの手紙とよく似た封筒が握られていた。

「届けるつもりじゃなかったんです。忘れようとしたけど、やっぱり先生に渡したかった」彼女はそう言って目を伏せた。

俺は黙って頷くしかなかった。差し出し先がようやくわかったところで、もう届ける時間は過ぎていたのかもしれない。

届くことのない恋とその決着

「これ、受け取ってもらえますか」差し出された封筒は、前のものと違い、きちんと俺の名前が書かれていた。

あのとき話さなかった言葉が、今ここでようやく交わされた気がした。恋の提出先は、結局“今”という時間だったのかもしれない。

「やれやれ、、、人生ってやつは、ほんと手続き通りにいかないもんだな」

やれやれ、、、恋には期限がないらしい

サトウさんの意外な一言

翌朝、サトウさんが一言。「提出された気持ちは、受理しなくても効力あるんですね」

俺は思わず吹き出しそうになった。恋に効力があるなら、俺の過去も少しは報われるだろうか。

恋愛届――そんなものが本当にあったら、今の自分ももう少し違ったかもしれない。

封筒は捨てずに机の引き出しへ

封筒は結局、シュレッダーにはかけなかった。机の一番奥の引き出しに、登記簿謄本と一緒にしまってある。

たまに取り出しては、未提出の何かを思い出す。人生には、出しそびれた書類と、出しそびれた恋がある。

でもまあ、どちらも提出先がわかれば、何とかなるもんだ。やれやれ、、、

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓