午後三時の不在通知
不動産登記の謎とサトウさんのため息
机の上にぽつんと置かれた不在通知。それは登記済証の受け取りではなく、なぜか民間配送業者からの封書だった。
封を開けると、そこには一通の契約書と、微妙に違和感を感じる印鑑証明書が同封されていた。
サトウさんが小さくため息をつきながら、「この印鑑…ちょっと見覚えあるかも」とぼそりと呟いた。
亡き依頼人の残した書類
見慣れぬ担保権設定契約書
契約書の内容は、すでに亡くなった依頼人・田村氏が、生前に第三者へ担保権を設定したというものだった。
だが、私の記憶では、田村氏は生前に「全財産は息子に渡す」と口癖のように言っていた。
そして、その息子からは、「そんな契約は知らない」と連絡が来ていた。
妙に新しい印鑑証明
添付された印鑑証明書は、交付日がつい先月。
問題なのは、それが“田村一郎”の名であるにもかかわらず、死亡届が提出されている日よりも後だったこと。
「死人の印鑑が生きているわけないだろ…」私は呟きながら、ファイルを閉じた。
債権者リストの罠
名前はあるのに連絡先がない
契約書に記載された債権者“佐伯恵”という人物の連絡先は、どれも使われていなかった。
電話番号は繋がらず、住所は転送届済みの張り紙。
登記の申請に使われたこの人物の実在性すら、怪しい。
元恋人という肩書きの違和感
旧いファイルを漁っていると、田村氏が遺言公正証書の打ち合わせ時にポロリと話した「昔の女」が“サエキ”という名字だった。
「たしか、結婚まで行かずに揉めたって言ってたな…」
サザエさんの波平のように、眉をひそめながら私は机を叩いた。
司法書士シンドウの遅い昼食
カレーうどんと回想と後悔
うっかり昼を逃し、事務所近くの食堂でカレーうどんをすすった。
汁がシャツに飛んだ瞬間、例によって「やれやれ、、、」と小さくため息をついた。
ふと、野球部時代の先輩に似た顔を傍らの客に見つけて、どうでもいい記憶が蘇った。
サトウさんの冷たい推理
委任状の筆跡に違和感あり
「これ、筆跡が田村さんじゃないですね」
彼女はそう言って、契約書の署名欄を見せてきた。比較していたのは、以前の相続関係説明図の署名。
「これ、女性の書き方です。しかも妙に癖字」——たしかに、元恋人の存在を示すような線が浮かび上がってきた。
やれやれ、、、またか
私は額を押さえながら、「やれやれ、、、またこういう類か」と漏らした。
偽造書類に偽装された担保権。いっそ探偵事務所に転職した方がいいんじゃないか、と皮肉をこめて思った。
だが、答えはすでにサトウさんの中にあった。
担保権者の面談と嘘の会話
語るにはやけに詳細すぎた証言
なんとか辿り着いた“佐伯恵”本人と思しき人物は、私の問いかけに対し、過去の会話や登記手続きの内容を妙に詳しく話した。
だが、その“詳しさ”が逆に違和感となる。本人であれば、そこまで手続きを詳細に覚えていないはずだ。
まるで、台本を暗記してきた俳優のようだった。
古い登記簿と野球部時代の記憶
名字が変わったあの人のこと
野球部のマネージャーだった“恵ちゃん”。その後、結婚して名字が変わったことを風の噂で聞いていた。
まさかと思い調べると、“佐伯恵”と同姓同名、そして同じ筆跡の申請が別件にもあった。
「人は変わらないって言うけど、筆跡まではごまかせないもんだな…」
もう一人の債権者の存在
謎のFAXと隠された契約
事務所に届いた匿名のFAX。そこには、佐伯以外の債権者との契約書のコピーが添付されていた。
それが、田村氏の本当の借入先である中小企業金融機構とのものだった。
そしてそこには、担保設定の意思を撤回した旨の自筆記述が、日付と共に記されていた。
真犯人は誰か
登記ミスに見せかけた計画的偽装
事件の全容が見えた。真犯人は“佐伯恵”本人で、彼女は旧名義を利用し、死亡後の田村氏の印鑑証明と登記資料を偽造していた。
死後登記という盲点を突いた巧妙な偽装。それもすべて、彼の残した財産と復讐心が絡み合った結果だった。
私は地方検察庁に資料を送りつけた。これで、事件は終わった。
解決とその後
雨の中の担保抹消登記
雨が降る午後、ひっそりと担保権抹消の登記申請を終えた。
濡れた靴下が気持ち悪い。だが、被害を最小限に留められたことに、かすかな安堵を感じた。
その帰り道、サトウさんが差し出したタオルに「ありがとう」とだけ言った。
サトウさんの冷たい紅茶
事務所に戻ると、机の上にサトウさんが置いていった冷たい紅茶があった。
「ぬるくなってますけど」と書き添えられたメモに、少しだけ笑ってしまった。
今日もまた、司法書士には荷が重い一日だった。