恋文代理人の正体

恋文代理人の正体

恋文代理人の正体

朝から雨。そんな日に限って事務所の電話はよく鳴る。鳴るたびにサトウさんが眉間にしわを寄せ、俺の方に目線だけを投げてくる。

今日の依頼は「結婚に関する書類」だった。何か淡い話かと思いきや、どうも妙に胸騒ぎがする。

依頼人の目が笑っていない。それだけで、俺の胃が少し痛んだ。

謎の依頼人が持ち込んだ封筒

やってきたのは40代半ばの女性。服装も言葉遣いも丁寧なのに、手元の封筒だけが場違いにくたびれていた。

「この中に、婚姻届と手紙があります。ある人の代わりに提出したいのですが」

代筆でも代理でも、婚姻届は原則本人が出すもの。俺は説明を始めたが、女性は静かにうなずくだけだった。

手紙に記された結婚の約束

封筒の中には手紙があった。達筆な文字で、結婚の約束を交わしたこと、もう一度やり直したいということ。

差出人の名は「フジオカシュン」。聞き覚えはなかったが、妙に筆跡に味がある。

「この人と、婚姻届を出す予定だったんです」と依頼人は言った。過去形だった。

代理人としての署名依頼

「彼が急にいなくなってしまったんです。でも彼の意思はここにある。せめてこれだけは届けたくて」

サトウさんは黙って資料をめくっていたが、突然ぴたりと手を止めた。

「代理で婚姻届なんて、現実には通らないわよ」と呟くように言った。

サトウさんの冷静な観察眼

その声が鋭くて、俺も椅子の背にもたれかかるのをやめた。「どこか引っかかるのか?」

「ええ。手紙のインク、これ最近のものじゃない。書いたのはおそらくここ一週間以内」

そんなことまで分かるのか? と目を丸くする俺に、「インクのにじみ方が新しいの」とだけ答えた。

元恋人の名前に潜む違和感

さらにサトウさんは、「この“フジオカシュン”、どこかで聞いた気がする」とPCで調べ始めた。

すると出てきたのは、不動産会社の役員名簿。しかも数年前に死亡扱いで削除されていた人物だった。

「おいおい、、、幽霊と結婚するのか?」俺は思わず口をついて出た。

登記簿から浮かび上がる影

登記簿を確認すると、依頼人の住所に登録された土地があった。しかも所有権が仮登記状態のままだ。

「何か書き換えようとしてる?」とサトウさんが呟く。そう、それが今回の“結婚”の目的なのかもしれない。

相続か贈与か。いずれにせよ、法の裏を突こうとする意図が見える。

婚姻届の不自然な痕跡

俺は婚姻届を手に取り、じっくりと目を通す。名前の書き方が不自然だ。字の形に“誰かの模写”のような不統一がある。

「これ、全部同じ人が書いたな」と俺がつぶやくと、サトウさんがうなずいた。

「でも、印鑑は別人のもの。偽造印じゃないわ」

やれやれ、、、恋も登記も面倒だ

俺は頭をかいた。恋愛の話と思っていたら、裏には金と土地の問題がうごめいていた。

やれやれ、、、恋も登記も、簡単じゃない。

「この人、フジオカの名前を使って遺産を狙ってたんじゃないか? 結婚さえしていれば、遺留分請求もできる」

封筒の指紋と消えた証人

俺たちは封筒を警察に提出するよう促した。事情を話すと、県警の鑑識が指紋を採取。

結果、そこに写っていたのは――依頼人と、死亡したはずの“フジオカシュン”本人のものだった。

「生きてるってこと?」サトウさんの目が光った。

サトウさんの一言が鍵となる

「おそらく偽装死よ。会社から逃げたかっただけ」

その冷静すぎる推理に、俺は声も出なかった。まるでルパン三世の不二子が推理してるみたいだ。

「それにしても、女って怖いわね」とサトウさんがぼそりと呟いた。

真の依頼者は誰だったのか

最終的にフジオカは別の名義で生存していたことが発覚。依頼人は元愛人だったらしい。

「愛人が偽造婚姻で遺産を狙う」なんて、サザエさんの波平でも吹き出しそうな話だ。

だが現実はコメディよりも恐ろしい。

愛を利用した財産トリック

今回の事件、すべては“愛の証”に見せかけた書類操作だった。

婚姻届に偽名、仮登記の不動産、そして封筒の中の偽りの恋文。

俺たちはその全てを見抜いた――というより、見抜いたのはほぼサトウさんだった。

シンドウが見抜いた法のすき間

ただ最後だけは俺の出番があった。「婚姻意思がなければ、法的に無効だよ」

婚姻届の形式だけ整っていても、そこに実体がなければ無効。

小さな正論だったが、それが決定打になった。

最後に笑ったのは誰か

依頼人は書類送検。フジオカは新たな身分で再出発。俺は、、、また残業だった。

「シンドウさん、これでやっと今日の分終わりですね」

「お、おう。コーヒー、、、冷めてるよな?」

登記簿に残された本当の恋文

事件の後、封筒の奥からもう一通、本物の恋文が出てきた。

フジオカが依頼人に宛てた別れの手紙。そこには「幸せを祈る」とだけ書いてあった。

登記簿には残らない恋。でも、それが一番正直な気持ちだったのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓