仮設事務所に残された帳簿

仮設事務所に残された帳簿

壊される直前の静寂

解体業者の通報

「もしもし、なんか変なんです。壁の中から古い書類みたいなのが出てきて…」
地方都市の片隅、かつて地元企業が使っていた仮設事務所。解体の直前、業者が異物に気づいて通報してきた。
私の名前を聞いて「司法書士さんって…こんなの扱うんですかね?」と戸惑いを見せた声が妙に印象に残った。

使われなくなった建物の中で

その建物はもう電気も通っていなかった。夏の湿気と埃が充満する室内で、私は通報のあった場所へ足を運ぶ。
壁の内側から出てきたという茶色い帳簿、それがどこか見覚えのあるものだった。
まるでサザエさんの家の押し入れみたいに、しまわれたまま誰にも気づかれずに眠っていたらしい。

一冊の帳簿と名義人

埃をかぶったロッカーの奥

解体作業員が帳簿を見つけたのは、ロッカーの裏側だった。何かを隠すように板で覆われていた。
帳簿には見覚えのある地元企業の名があり、ページをめくると、過去の不動産売買の記録が並んでいた。
問題なのは、その中に「完了済」と朱書きされた登記案件が、私の記憶にないものばかりだったことだ。

なぜ今それが出てきたのか

本来ならば、こんな記録は法務局と照らし合わせればすぐに整合が取れる。だが、奇妙なことにこの帳簿に書かれた地番のいくつかが、実際の登記簿とは食い違っていた。
名義が移っていない土地、移っているのに記録がない建物…。
まるで「本来存在してはいけない登記」が、堂々と帳簿に並んでいた。

旧代表者の謎の失踪

サトウさんの冷静な推理

事務所に戻ってからサトウさんに帳簿を見せると、開口一番「これ、元の代表って三年前に突然いなくなった人ですよね」と冷静なひと言。
彼女は記憶力も情報収集力も抜群で、誰がどの時期にどんな案件を扱ったかを正確に記憶している。
そしてこの帳簿が、失踪した代表者の手によるものだと直感的に見抜いた。

三年前の登記申請書との符合

倉庫のファイルを漁り、当時の登記申請書を引っ張り出す。
そこには、帳簿に記されていた物件と同一のものがいくつか含まれていたが、提出者の筆跡が明らかに異なっていた。
筆跡の特徴が、どう見ても“あの人”のものではなかったのだ。

やれやれ、、、不正の匂いがする

仮登記と本登記の間に

やれやれ、、、これはまた面倒な匂いがする。仮登記を本登記に移行する際、関係者の同意書類が見当たらない物件がいくつもある。
それなのに、帳簿には「手続完了」の文字が並んでいる。
もしかすると、誰かが帳簿を使って別の申請を“捏造”していたのかもしれない。

解体前に処分されるはずだった証拠

誰かがこの帳簿を隠したのは、証拠隠滅のためだ。仮設事務所という一時的な建物なら、いずれ解体され証拠も消えると読んでいた。
だが、それを見つけたのが“うっかりシンドウ”だったとは、皮肉な話だ。
まるでコナン君にうっかり踏まれた犯人のように、運の尽きだった。

逆転のきっかけは野球部時代の記憶

筆跡とクセに隠された真実

帳簿の筆跡を見て、どこか懐かしい感覚があった。昔、野球部でスコアブックをつけていた時、後輩に真似されたことがあったのを思い出す。
そのクセ字に似ていたのだ。サトウさんに相談すると、まさかの「その後輩、今その会社に勤めてますよ」という爆弾発言。
過去の縁が、今になって事件を照らし始める。

元代表の署名は本物か

筆跡鑑定の簡易キットを使い、元代表の過去の署名と比較した。
結果は一致せず。おそらく、誰かが勝手に「代表のふり」をして、虚偽の登記申請を行っていた。
それが、帳簿という「捏造の記録」で裏付けされていた。

帳簿の空欄が語るもの

改ざんされた収支報告

収支の欄には不自然な空欄が続いていた。まるで誰かが意図的に抜いているかのように。
いや、抜いたのではなく「記録できなかった」のだ。裏金処理や未公開取引があった可能性が高い。
小さな帳簿に、大きな闇が詰まっていた。

証拠としての法的価値

この帳簿は不完全ではあるが、内容の一部は他の書類と整合する。
すべてが虚偽ではなく、虚偽の中に真実が混ざっているからこそ、証拠としての重みがある。
私は、それを証明する手段として、法務局と警察に連携を求めることにした。

解体前の最終立会い

シンドウの決断

現場に戻り、解体前の最終立会いに臨む。
私は帳簿を手に、作業責任者に「これを残してほしい」と頼んだ。
証拠を守るために、ほんの一角の壁だけでも壊さずに残してほしいと。

司法書士としての一手

司法書士は刑事事件の主役ではない。だが、書類と法のプロだ。
だからこそ、書類の矛盾を突き、そこから事件の裏側をあぶり出すことができる。
この帳簿が、その証明になるのなら、私は動くしかない。

サトウさんの一言で全てが繋がる

「普通そこ記録残します?」

サトウさんは帳簿の一箇所を指して言った。「普通、こんなに詳細な取引相手の住所まで書かないですよ。
むしろ“書く必要がある理由”があったんじゃないですか?」
それが、犯人の足を引っ張る唯一の証拠だった。

過去の登記簿に現れる影

調査を進めると、問題の登記物件が第三者に転売されていたことが判明。
表向きの名義と実際の取引が一致せず、裏に別の金の流れがあったことが見えてきた。
影に隠れていたものが、ようやく光を浴びる時が来た。

そして、仮設は消え帳簿は証言する

司法書士シンドウの仕事の終わり

解体は予定通り進んだ。だが、帳簿と共に守られた一角には、真実が刻まれている。
誰かが残そうとし、誰かが隠そうとした記録。司法書士の仕事は、その記録を見逃さないことだ。
私はその日、少しだけ誇らしく思えた。

次に壊されるのは、、、

私は空を見上げた。暑い夏の青空は、何も語らない。
だが、壊された仮設の下に埋もれていた真実は、きっと誰かの記憶に残るだろう。
やれやれ、、、次はもっと穏やかな登記案件がいいなと思いながら、事務所に戻ることにした。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓