夜の来訪者と更地の謎
かつて建物があったはずの土地に、謎の依頼人が現れる。
深夜、事務所のチャイムが鳴った。時計の針は午後11時を指している。こんな時間に訪ねてくる者など、普通はろくなことがない。 ドアを開けると、白髪交じりのスーツ姿の男が立っていた。「登記簿にない地上権について、どうしても今晩中に相談したい」と、妙に切迫した様子で言った。
登記簿の空白と過去の地上権
シンドウは「法定地上権」という単語にうっすらと既視感を覚える。
登記簿謄本を確認すると、土地には所有者がいたが、建物の記録がどこにもない。依頼人はかつてそこに実家があったと主張するが、証拠となる書面は持っていなかった。 「法定地上権って、昭和の頃の話じゃないですか……」とつぶやきながら、シンドウの脳裏に、どこかで見た古い判例が浮かび上がった。
サトウさんと失われた所有者
鋭いサトウの推理が、30年前の契約に光を当てる。
翌朝、眠たげに出勤してきたサトウが、無言でシンドウの机に1枚のコピーを置いた。「この土地、30年前に底地権と建物所有者が分かれてました。今はもう、建物が取り壊された後みたいですね」と、静かに言う。 建物が滅失されたあとも、法定地上権の主張ができる場合がある。だが、必要なのは“その当時の建物の存在を証明するもの”だった。
廃墟となった夢の跡地
現地調査で見つかった不自然な境界杭と、隠された倉庫跡。
シンドウとサトウは現地に足を運んだ。そこには雑草の茂る更地と、地面に打たれた古いコンクリ杭が残っていた。 「倉庫が建ってたんでしょうね」とサトウが指差す先には、朽ちた基礎が埋もれていた。地面を蹴ると、金属音が響いた。鉄の扉のようなものが、土の下にあった。
幻だったはずの名義変更
登記簿にないはずの「仮登記通知」が、なぜか机に残されていた。
事務所に戻ると、シンドウの机の上に一枚の書類が置かれていた。誰が置いたのか分からない。 それは、建物の所有権移転仮登記の申請書だった。しかも、その申請日付は昭和62年。現在の登記簿には載っていない。「やれやれ、、、まるで幽霊の登記だな」とシンドウはため息をついた。
やれやれ、、、また幽霊と来たもんだ
深夜に現れる依頼人の正体に、シンドウは頭を抱える。
深夜、再びチャイムが鳴った。昨夜と同じ男が立っていた。しかし、その姿にはどこか違和感があった。服が古臭く、匂いもどこか土に染みついたようだった。 「あなたの登記簿は存在しません」と告げると、男はうっすらと笑い、こう言った。「それでも、ここが私の家だったのです」。その瞬間、男の姿がふっと薄れたように見えた。
昭和の契約と令和の齟齬
過去の地役権設定が現行法と噛み合わない罠。
サトウが調べた古い契約書には、確かに建物の存在と土地の使用契約が記されていた。しかしその文面は、現在の不動産登記法にはまったく合致しない。 「これ、手書きの借地権契約書ですね。法定地上権とはちょっと違うかも」とサトウは言いながらも、欄外に小さく書かれた“建物の構造”に注目した。
サザエさん時空に閉じ込められた土地
何度も繰り返される売買と、その裏にある謎の人物。
不思議なことに、この土地は過去30年間で6回も所有者が変わっていた。しかも、その全てに“名義人不詳”の仮登記が付きまとっている。 「まるでサザエさんの町内みたいに、いつまでも同じ時間をループしてるようだな」と、シンドウは皮肉っぽく笑った。
怪盗ルパンのような筆跡
残された名義書換届の文字は、かつての詐欺師のものと一致する。
筆跡鑑定の結果、登記申請書の筆跡は、かつて東京で摘発された不動産詐欺事件の中心人物と一致した。 「この人物、死んだはずじゃ……」と呟いたとき、サトウが冷たく言った。「死んだってことにされただけですよ、紙の上では」
隠された地中の証拠
掘り起こされた杭の下から見つかった一枚の契約書。
調査の許可を得て、地中を一部掘り返すと、湿気にまみれたビニール袋が出てきた。中には古びた書類と写真。 写真には、確かにそこに建物が建っていた証拠が写っていた。そして、その建物の玄関には“山本”の表札が写っていた。
サトウさんの塩対応と温かい一言
「だから言ったじゃないですか」と言いつつも、不思議と安心感がある。
「だから言ったじゃないですか、幽霊より生きてる人間のほうが厄介なんですよ」とサトウが静かに笑った。 塩対応だが、その言葉にはどこか人間味があった。シンドウは苦笑しつつ、ホットコーヒーを差し出した。「やっぱり俺、うっかりしてるな……」
シンドウのうっかりと執念の照合
旧法と現法の微妙なずれを突いて、シンドウが真相にたどり着く。
書類の法的な効力を裏付けるため、シンドウは旧民法の条文と当時の通達を調べ続けた。そして、昭和62年の通達が今も有効であるという一点を突き、 仮登記の効力を一部認めさせる道筋を見出した。うっかり者でも、時には本気を出すのだ。
登記は真実を語るか
地面の下に埋まっていたのは、法定地上権か、それとも、、、
最後に、役所に提出された報告書にこう記されていた。「該当土地における法定地上権の可能性は、写真記録と旧契約の整合性からして極めて高い」。 ただし、その効力はすでに時効消滅のリスクがある。真実は地面の下に、あるいは人の記憶の中にだけ残る。
一夜の夢だったのかもしれない
すべてが片付いた朝、依頼人の名刺はどこにも見当たらなかった。
片付いた書類を整理していると、ふと気づく。あの依頼人の名刺が見当たらない。シンドウもサトウも、確かに受け取った記憶がある。 「やれやれ、、、夢だったのかもしれんな」とシンドウが漏らすと、サトウはコーヒーを一口飲みながら言った。「でも、夢にしては面倒すぎましたね」