三通の訂正依頼と一つの嘘
朝イチの補正依頼にため息
朝の9時過ぎ、事務所のメールボックスには見慣れた差出人からのメッセージが届いていた。タイトルは「補正のお願い(3回目)」とある。
昨日も一昨日も見た文面が、また届いている。少しだけ言い回しを変えているが、内容は変わっていない。
やれやれ、、、とつぶやきながら、僕はコーヒーをひと口すすった。
やれやれ三度目のメールが届いた
補正内容は、住所の記載誤りだという。ただ、最初の提出時も、二回目の補正時も、こちらは正確な住所を確認していた。
「間違っているのは先方では?」とサトウさんがぼそっと言う。塩対応ではあるが、核心を突く視線には鋭さがある。
僕はうなずきつつ、申請書の写しを改めて確認することにした。
サトウさんの冷静すぎる分析
「この申請者、同じような補正を何件も出してますよ」
サトウさんが登記情報提供サービスのログを見せてくれた。彼女は地味に記録を集めていたらしい。
しかも、補正依頼のたびに一部地番を微妙に変えてきている。これは単なる凡ミスでは済まされない。
申請書の奇妙な矛盾
「一筆の土地なのに、地番が変わるっておかしくないか?」
僕の問いかけに、サトウさんは無言で首をかしげた。それは「ようやく気づいたんですね」と言わんばかりだ。
まるでルパン三世が警部にウインクして逃げ去るときのような、したり顔に見えた。
依頼人の言葉に潜む罠
電話で依頼人に確認を取ると、相変わらず「前の司法書士が間違えた」と繰り返す。だが、その言葉はどこか用意された感じがした。
なぜか毎回、訂正を前提に動いているようにさえ感じる。訂正を出すこと自体が、彼の目的なのかもしれない。
こういうとき、僕はいつも思い出す。サザエさんの家のように、毎週変わらぬ展開にも違和感を覚える瞬間があることを。
書類の過去を洗い直す
サトウさんが倉庫から10年前の閉鎖登記簿を引っ張り出してきた。「この地番、そもそも分筆されてないです」
それが事実なら、今回の訂正そのものが成立しない。つまり、訂正の根拠が虚偽ということだ。
「ねえシンドウさん、わざと間違った住所を使って登記履歴を操作しようとしてるんじゃない?」とサトウさんが言った。
市役所の保存台帳に何かがあった
午後、市役所の固定資産課を訪ねると、古い台帳に訂正されていない地番の情報が残っていた。
本来その土地は、依頼人の所有ではない。数年前、兄弟間の贈与があったはずなのに、その登記がなされていないのだ。
つまり、今の申請者には所有権がない。訂正を繰り返すのは、過去の手続きをぼかすための時間稼ぎだった。
元所有者の知られざる接点
登記簿の閉鎖情報から、かつての所有者に連絡をとると「弟に譲ると言ったが、登記はしてない」と証言が得られた。
さらに驚いたのは、その人が数年前に何者かに印鑑証明を勝手に使われた経験があると語ったことだ。
印鑑証明のコピーが本物だった場合、この訂正依頼は単なる補正ではなく、詐欺に加担することになる。
二つの地番が語る別の真実
申請書の地番は、境界のぎりぎりを狙って書き換えられていた。境界に接している土地には、都市計画上の制限がある。
その制限を避けるため、依頼人は意図的に“無関係な土地”を絡めていたのだ。
まるで『名探偵コナン』で、犯人が現場に見せかけるためだけに痕跡を残すような細工だった。
シンドウのうっかりが導いた突破口
コピー機の前で、うっかり別件の登記簿を出力してしまったのだが、その中に今回の地番とまったく同じ筆界の図面が含まれていた。
その図面には、現在の依頼人が登記した覚えのない「通行地役権」の記載があった。
「これ、地役権登記とセットじゃないと発生しないですよ?」とサトウさん。つまり、誰かがすでに別の計画を進めていた。
「この補正は故意だ」とサトウさんが言った
「三回目の補正って、普通は恥ずかしいですよ。でもこの人、全然動じてない」
「わざと間違って訂正させることで、時間を引き延ばしている。それに気づいてない司法書士がいたら、危なかったですね」
サトウさんの言葉に、僕はぐうの音も出なかった。やれやれ、、、見抜けなかったのは、僕のほうだったらしい。
補正依頼者との対峙
依頼人に最終確認を行うため、面談を設定した。すると、彼はまったく悪びれもせず、「そういう手続きの流れなんですよ」と言った。
その顔には、明らかに自信があった。補正を繰り返すことで、司法書士が諦め、あるいは形式上の整合性を優先することを見越していた。
だが、こちらにはもう十分すぎる証拠がそろっていた。
嘘をついたのは誰か
登記申請人である弟は、兄からの委任状があると言い張ったが、その日付は兄が入院中のものであった。
病院の記録と照らし合わせれば、委任状の作成は不可能。つまり、兄の同意は存在しない。
補正依頼は、嘘の上に嘘を重ねて行われていた。
本当の目的は登記ではなかった
調べが進むと、その土地に新しい道路計画があることがわかった。公示前に登記を済ませれば、補償額が得られる。
依頼人の狙いはそれだった。正式な所有権を持たずとも、申請だけ通せばよかった。
だが、その目論見は、サトウさんの地味な追跡調査と、僕のうっかりで崩れることになった。
すべてが終わっても終わらない事務作業
依頼人には虚偽申請の疑いで通報し、役所への報告書を作成した。が、それで終わりではない。
訂正内容に基づく登記の抹消、正しい登記の再申請、そして一連の記録保全――仕事は山ほどある。
「やっぱり事件って、終わってからが面倒なんですよね」とぼやくと、サトウさんが無言で「それは最初から分かってたでしょ」と目で訴えていた。
帰り道にふと思うサザエさんの最終回
帰りの車中、ラジオから『サザエさん一家』のエンディング曲が流れてきた。
そういえば、サザエさんって最終回がないんだよな、とふと思う。変わらない日常にこそ、違和感が潜んでいる。
僕もまた、きっと明日も変わらぬ補正依頼に向き合っていくのだろう。やれやれ、、、。