ひとつの謄本を巡る依頼
朝一番の訪問者
午前9時を少し過ぎたころ、事務所のドアがぎこちなく開いた。中に入ってきたのはスーツ姿の中年男性。緊張しているのが遠目にもわかった。
「すみません、司法書士の方に相談がありまして…」
依頼内容は簡潔だった。父の遺産分割の関係で、古い謄本を取り寄せてほしいという。
妙な焦りと曖昧な説明
「謄本が必要なんです、急いで。今日中に」
その口調にはどこか違和感があった。誰かに追われているような、あるいは何かを隠しているような——。
私はサトウさんに目で合図を送る。彼女はうなずき、パソコンを手早く操作し始めた。
見つかった謄本の異変
不自然な名義の連続
取り寄せた謄本を確認すると、そこには見慣れない名義が続いていた。昭和の終わりから平成初期にかけて、短期間で名義が何度も変わっている。
しかも、その全てに同じ司法書士の名前が関わっていた。
「サザエさんのエンディングみたいに、同じ人がずっと走ってる感じですね」
サトウさんが呟いた。妙な例えだが、言い得て妙だった。
封印された一枚の写し
さらに、役所の保存庫から古い登記簿の写しが見つかった。依頼者の父は本来、その土地の正当な所有者だった。しかし、何らかの理由で登記がすり替えられていたのだ。
私の背筋がぞくりとした。
サトウさんの仮説
故意の借名登記の可能性
「これ、名義貸しじゃないですか?しかも組織的に」
サトウさんの目が鋭く光った。彼女の頭の回転は、やはりただものではない。
私は、やれやれ、、、とため息をついた。自分はただの司法書士なのに、また事件の匂いがしてきた。
手数料と引き換えに消えた所有者
過去の登記履歴には、不自然な時期に名義変更が集中していた。旧所有者の住所も電話も不通。
どうやら彼らは、報酬と引き換えに名義を貸し、そして姿を消していたらしい。
再び現れた依頼人
言葉を濁す理由
「なぜそこまで急いで謄本を?」
依頼人は顔をこわばらせながら言った。
「……兄が戻ってきたんです。土地を取り返すって言い出して」
裏で動いていた黒幕
その兄こそが、過去に不正な登記を仕組んだ中心人物だった。依頼人は脅されていたのだ。
登記を元に戻さなければ、家族に危害が及ぶと。
司法書士の仕事としての結末
真正な登記へと導く
私は可能な限りの手続きを講じ、正当な登記回復の準備に入った。
「法は誰かの正義のためにあるもんじゃない。使い方を間違えれば、人を壊す」
依頼人にそう告げると、彼は泣きながら深々と頭を下げた。
日常に戻る書類の山
事務所に戻ると、サトウさんは無言で私の机に書類の束を置いた。
「この謄本、コピー5部お願いします」
やれやれ、、、事件の後にも平常運転。そういうもんだ。