謄本は知っていた
法務局が閉まる直前、僕の事務所に一本の電話が鳴った。依頼人の声は震えていた。「登記完了通知がまだ届かないんです。もう二週間も経ってるのに……」
聞き覚えのある名前だった。確かに処理は終わっているはず。僕はデスクの上に無造作に積まれた申請控えを探り始めた。
すぐに「登記完了予定日」と赤字で書かれた付箋が目に入った。予定は3日前だった。
朝イチの電話と無表情なサトウさん
「サトウさん、この登記、完了通知がまだ来てないみたいなんだが……」
彼女はディスプレイから目も逸らさず「郵送しましたよ。普通郵便で」とだけ答えた。
そう、僕たちはコストの都合で普通郵便を使っている。たまに届かないこともある。でも今回はそれだけじゃ済まされない気がした。
「至急確認してほしい」依頼者の不安な声
「実はですね、銀行から催促が来てまして……完了通知がないと融資が進められないって……」
事務所の蛍光灯が妙に明るく感じた。嫌な汗が額を伝う。
僕は苦笑いを浮かべながら電話を切った。やれやれ、、、また厄介な匂いがする。
消えた登記識別情報
サトウさんが控えファイルを調べて、ひとつの封筒を取り出した。宛先は間違いなく依頼人。
だが中身は別人の申請書の写しだった。「……これ、うちから送った封筒ですよね?」
僕は唖然とした。ミスにしては異常すぎる。誰かが、意図的に封入物を入れ替えたとしか思えなかった。
封筒の中にはなぜか別人の申請書写し
印影も違う。住所も違う。日付すら微妙にズレていた。
「これは、、、もうちょっと調べた方がいいですね」サトウさんが冷静に告げた。
僕は何も言えなかった。代わりにスーツの上着を手に取った。
元野球部の足腰で法務局へ急行
チャリで行こうとしたが、久しぶりに走ってみた。こんな時に限ってエレベーターは故障中だった。
一段飛ばしで階段を駆け下りると、過去のトレーニングの記憶がふくらはぎを刺激した。
法務局の庁舎が見えたとき、僕は無意識にガッツポーズをしていた。
法務局四番窓口の女神は微笑まない
「お世話になります、閲覧申請したいのですが……」
窓口の女性は、無表情のまま首をかしげた。「関係者確認が必要です」
「あ、いや、司法書士なんですけど、、、依頼者の委任状も……」
一枚の閉鎖事項証明書が語る真実
閲覧された謄本には見覚えのない筆界修正と移転登記が記載されていた。
しかも登記済証が発行されている。依頼者からはそんな話、一度も聞いていない。
つまり、もうひとつの登記が、この土地に重なっている。
書庫に眠る登記簿の断片
法務局職員に事情を話すと、古い台帳を取り出してくれた。
「ここです、昭和58年の改製原簿。ここの筆界が、微妙に食い違ってるんですよ」
ページをめくる指先が震える。謎の解像度が上がっていく感覚だった。
サトウさんの検索力が火を吹く
事務所に戻ると、サトウさんは既に元データの照会を終えていた。
「これ、別の司法書士が補正してたみたいですね。ミスに気づいてなかったようです」
その名前を見た瞬間、僕は椅子から立ち上がった。「まさか……あいつが?」
午後三時の対決
疑惑の司法書士と面談の約束を取り付けた。旧知の仲だった。
「申し訳ない、申請ミスに気づいたのは後日で……慌てて補正申請してしまった」
「じゃあなぜ、うちの封筒に写しが入ってた?それはお前の申請じゃないか?」
複製された登記識別情報通知書の謎
「俺の事務員が混ぜたかもしれない、、、いや、違う、そんなことは……」
彼の顔色が一気に悪くなった。職印の写しが致命的だった。
登記識別情報を複製し、不正な補正をカモフラージュした証拠だった。
職印が語る裏切り
司法書士が一番やってはいけないミスをごまかそうとした末路。
「すぐに訂正し、関係者にも謝罪する」と彼は言った。
その言葉を信じるかは別として、これ以上事を荒立てる必要はなかった。
真相と報告書
依頼者には訂正登記を案内し、銀行にも完了予定を報告した。
法務局にも報告書を提出し、当該登記の経緯を書面に残した。
「で、今回はどうにかなりました」と僕が言うと、サトウさんは小さく頷いた。
サトウさんの塩対応が今日はちょっと優しい
「一応、封筒の中身は三重チェックしてますから、次からもご安心を」
「え?じゃあ今回の写しは?」
「さあ、四次元ポケットのせいかもしれませんね」とだけ、彼女は言った。
そして今日も登記完了通知が届く
今日のポストにも、普通郵便で何通かの通知が届いていた。
その中に、件の依頼者の登記完了通知があった。差出日を見ると、昨日。
「やれやれ、、、ちゃんと来るときは来るんだな」僕はコーヒーを啜りながら独りごちた。