仮登記の裏側に潜むもの

仮登記の裏側に潜むもの

登記簿のすみで見つけた違和感

あの日、朝から雨が降っていた。しとしとというより、ぽたぽたと音を立てて事務所の古い窓を叩くその音は、妙に耳に残った。
仮登記の抹消依頼という、ごくありふれた案件だったはずなのに、俺の中に湧いた違和感は消えなかった。
理由は単純。申請人の動機が、妙に熱っぽかったのだ。

元夫からの依頼

依頼人は50代の男性。話し方は丁寧で、資料も揃っていた。
だが、仮登記の対象物件は元妻の家。しかも、十年前に協議離婚した際の名残である登記だという。
抹消の理由を尋ねると、「もう関係を清算したいだけです」と一言。その言い回しが、何かを押し殺しているように聞こえた。

サトウさんの眉間のしわ

案件の資料を一通り見終えたサトウさんは、無言でプリンターの前に立った。
その姿勢から、すでに何かを見抜いているようだった。
「なんだか変じゃないですか?このローン完済証明書、日付が今月ってことは…」そう言って、彼女は俺の机の上にそれを置いた。

動いた感情の所在

よく見ると、仮登記の原因証書は「金銭貸借」ではなく、「婚約に基づく所有権移転請求権」となっていた。
そんな種類の仮登記、滅多に見ない。いや、俺の20年の司法書士人生でも初めてだった。
つまり、これは恋愛がらみの「念押しの登記」だったのだ。しかも、今になってそれを抹消したいと?

不自然な署名とサインの位置

さらに気になったのは、申請書類に貼付された委任状。筆跡が妙に整いすぎていた。
まるで書道の手本みたいな署名。一般人のそれとは思えない。
これは……代筆の可能性がある。いや、もしかして、偽造?

やれやれ、、、これは面倒だ

「やれやれ、、、また余計なものを見てしまったか」
そうつぶやいて、俺は席を立った。事務所にこもっていても真相はわからない。
俺はかつての妻の家——いや、仮登記されたままの家——を訪ねることにした。

語らなかった女

表札は剥がされていた。代わりにポストに「管理会社連絡先」とだけ貼られている。
だが、俺がチャイムを鳴らすと、中から足音が近づいた。ドア越しの女の声は低く、疲れていた。
「……まだあの人、執着してるんですか?」その一言が、すべてを物語っていた。

仮の名義に託した本音

女の話によると、元夫は離婚後もたびたび接触してきていた。
この仮登記も、実は「君の未来の保証に」と言って無理やりつけられたものだった。
だが、それを盾に連絡を続ける彼に、彼女は恐怖を覚えるようになっていたのだ。

サトウさんの静かな提案

戻ると、サトウさんが一言だけ言った。
「本人確認情報、出し直しましょう。理由は書かずに、淡々と。」
その静けさに、俺は頷いた。彼女は常に、余計な感情を文章に持ち込まない。

登記簿に残ったもの

結局、仮登記の抹消は却下された。真正な委任状ではなかったからだ。
だが、登記簿にはその履歴だけがしっかりと残った。仮の愛も、仮の関係も、仮のまま消えていった。
人の感情なんて、所詮そんなもんだ。記録には残らず、心の中でだけ燃え続ける。

事件はなかったが、物語はあった

今回は殺人事件も盗難もなかった。だけど、人の心の闇には触れた気がした。
「登記簿って、便利ですね。人の未練が全部、文字になって残ってる」
サトウさんの皮肉に、俺は肩をすくめる。「ほんとだな、、、やれやれ、、、」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓