飛ばされた一枚
朝イチで気づいた違和感
朝の珈琲を片手に、机の上に広げた申請書の山を眺めていた。前日の疲れが抜けきらず、目も霞んでいたが、ふとした違和感が頭をかすめた。申請番号の並びが、妙に歯抜けなのだ。
「501、502、503……505?」 なぜか504番の申請書が見当たらない。普通は事務処理の段階で順番通り並んでいるはずだ。誰かが順番を飛ばしてしまったのか、それとも——。
サトウさんの冷たい指摘
「シンドウさん、それ昨日わたし並べましたけど、番号は全部チェックしてますよ」 パチパチとキーボードを打ちながら、サトウさんは涼しい顔で言い放った。
僕は小さく肩をすくめた。「やれやれ、、、また面倒なことになりそうだ」 この程度で慌てても仕方がない。問題は、504番が物理的に無いのか、それとも誰かが意図的に抜いたのか——。
飛んだ番号と登記の裏側
申請者は全て同じ不動産業者で、物件も隣接している一団の土地。連番で申請された登記のうち、一枚だけが抜けているというのは、偶然にしてはできすぎている。
僕は登記官に電話をかけて、提出記録を確認してもらうよう頼んだ。「あの、504番ってそっちに届いてませんか?」
登記官の言葉に潜むもの
「いや、うちに届いてるのは1から503、飛んで505までですね」 受話器の向こうからは、淡々とした返答。だがその“当然”という声の調子に、どこか嘘くささを感じた。
「あれ? そうでしたかねぇ……」 登記官の語尾が曖昧になった瞬間、僕はピンときた。これは何か、隠している。
過去の記録と一致するパターン
事務所のファイル棚から、同じ業者の過去の登記申請記録を引っ張り出した。何の変哲もない連番だが、よく見ると過去にも「3つの申請のうち1つだけ」が飛ばされていたことがある。
「これ、まさか同じパターンか……」 背筋にひやりとしたものが走る。
地番が語るもう一つの真実
飛ばされた申請書の地番を地図で確認すると、他の土地と違い、唯一“私道”扱いとなる細長い区画だった。表向きの価値は低いが、実はそこが通行権の要になる場所。
「これ、抜かれてるというより、抜かれてる“ことにされてる”んじゃないか?」 僕の頭の中で点と点が繋がり始めた。
不動産業者の不可解な言い訳
業者に電話すると、担当者はどこか腑に落ちない言い訳を繰り返した。「いやぁ、手違いで出してなかったんですかね。すみませんねぇ」 言葉の端々に不自然な沈黙が混ざっていた。
「……それ、もしかして出せなかった理由があるんじゃないですか?」 僕の声が鋭くなったのが、自分でもわかった。
昔の申請書が語る空白
サトウさんが過去の登記簿をチェックしてくれた。「この私道、実は二年前に所有者の相続登記がされていないままで止まってます」 「それってつまり、誰が持ってるか、今グレーってことか?」
「そう。だから今出せば、第三者からの登記が入り込む余地がある」
サトウさんの脳内プロット
「つまり、その一枚を“飛ばしておく”ことで、他の土地を先に抑え、最後にこっそり出すつもりだったってことです」 冷静に語るサトウさんの姿は、さながらキャッツアイの瞳のように鋭かった。
「……こわいな。不動産って、人の欲望が透けて見えるよな」
一つの記載ミスに潜む意図
さらに精査すると、505番の申請書には「隣接地に関する特記事項」が空欄になっていた。意図的に触れたくなかったのだろう。触れれば、504の存在がバレる。
「わざと何も書かなかった……見事なカモフラージュですね」 サトウさんが低く呟いた。
判を押すべきか押さざるべきか
登記官は「これで通してもらえませんかねぇ……」とまた歯切れの悪い声で言ってきた。事情を知っているが、踏み込めない。役所という立場の限界か。
「こっちが止めなきゃ誰が止めるんだか……」 まるで波平のようにぼやきながら、僕は申請書を差し戻す決意をした。
最後の確認と机の下の封筒
その日の夕方、事務所に茶封筒が届いた。差出人は不明だが、中には例の“飛ばされた”504番の申請書が入っていた。提出日が手書きで消され、再提出の印が押されている。
「誰かが“やっぱり怖くなった”ってことだな……」
シンドウの読みが的中する瞬間
調査報告書を添えて登記官に送り返した。後日、感謝の連絡が来た。内部でも問題になったようで、不動産業者には監査が入るらしい。
「ま、最後はうまく収まってよかったけど」 僕は天井を見上げ、軽くため息をついた。
登記官の顔が引きつった理由
後日、こっそり登記官が事務所にやってきた。「実は、あの件……僕も少し関与してて……」 顔色は青く、手は震えていた。
「言いませんよ。僕も人に言えないうっかり、多いんでね」 苦笑いしながら、握手を交わした。
飛ばされた一枚が繋いだ真実
番号が飛んでいる。それだけのことが、ひとつの不正をあぶり出すきっかけになるとは、やっぱりこの仕事、奥が深い。 僕の机の上には、整理された申請書がずらりと並び、504番がその正しい位置に戻っていた。
「次こそは何も起きませんように……いや、まあ、起きるんだろうけどさ」