朝一番の依頼は古い家の登記簿から始まった
午前9時。まだコーヒーも飲みきらぬうちに、見知らぬ中年男性が事務所に現れた。手にはくたびれた登記簿謄本と、茶封筒がひとつ。
「この家、売る予定なんですが…ちょっと調べてほしくて」と彼は言った。
面倒そうな予感を感じながらも、断る理由もなく、俺は受け取った。
表題部に違和感を覚える
物件自体は昭和40年代築の古家で、特に変わったものはない。だが、登記簿の表題部に奇妙な空白があった。
記載された字の並びが不自然に間延びしており、修正したような痕跡もある。
まるで何かを意図的に隠したかのような、そんな印象だった。
サトウさんの冷静な指摘
背後から近づいたサトウさんが、俺の肩越しに覗き込んだ。
「この筆跡、変ですね。ここ、下に何か書いてあったように見えます」
「え? そうか?」と俺が聞き返すと、「だから、そこじゃなくて」と、ピシッと指摘される。やれやれ、、、。
家主はすでに亡くなっていた
依頼人が言うには、家は彼の叔父のもので、10年前に亡くなったとのこと。
相続登記をしていないため、今になって慌てて対応しようとしているらしい。
「そういえば、遺言書があったような気もする」と彼は言ったが、具体的なことは何も覚えていなかった。
法定相続人の顔ぶれ
法務局のシステムから戸籍をたどり、相続人を洗い出す。兄弟姉妹が数人。
中にはすでに亡くなっている者もおり、その子どもたちにまで遡る必要があった。
相続人が10人近くにも膨れ上がり、思わずため息が漏れる。
遺言書では語られなかった空白
古い手書きの遺言書が見つかった。だが、不思議なことに、あの家については一切触れられていない。
まるでその存在自体をなかったことにしたかのような書きぶりだった。
本当に何も書いていないのか? それとも誰かが削除したのか。
依頼人が持ってきた古びた登記簿謄本
あらためて最初に持ち込まれた謄本を見直す。紙の端に小さなしみがあり、そこにだけ筆跡が薄く残っていた。
「この部分、擦った跡がありますね」とサトウさんがルーペで覗き込む。
確かに、何かを消したような跡が浮かび上がっている。
右下の余白に浮かぶ筆跡の痕
紫外線ライトで照らしてみると、筆跡らしき影が浮かんだ。
「し…ょ…う…か…ん…」と、読めるかどうかギリギリの文字が残っていた。
照会? 否、これは「抹消申請書」という単語の断片かもしれない。
誰が何を書こうとしたのか
その筆跡は明らかに本人のものではなかった。依頼人に確認すると、「これは叔父ではなく、たぶん知り合いの司法書士のものだと思います」とのこと。
司法書士――俺と同じ立場の人間がこの謄本に筆を入れたというのか?
にわかに信じがたい話だった。
過去の抹消登記に不審な処理
謄本の記録を遡っていくと、5年前に抵当権が抹消されていた。だが、その申請日と解除証書の提出日が合っていない。
ずれているのはたった3日。でも、その3日に何があったのか。
抹消申請書を確認したが、署名が印影と微妙に違っていた。
抵当権の謎の解除
銀行に照会をかけたところ、「そのときの融資は未回収のままです」と言われた。
解除されているはずの抵当権が、実は債務不履行のまま残っていた。
つまり、何者かが抹消登記を偽造したということになる。
登記官の手が加わった形跡
不自然な点は他にもあった。登記官の印の位置が通常とずれている。
「これは申請書が差し替えられてるか、訂正後に上からスタンプ押してますね」とサトウさん。
やれやれ、、、登記簿の中でこんなサスペンスが展開されるとは思わなかった。
地元金融機関への聞き込み
足を使う仕事は正直苦手だが、今回は自ら動かざるを得なかった。
旧知の信用金庫支店長に話を聞くと、「ああ…あの物件、ちょっと揉めたんだよ」と小声で語ってくれた。
登記を担当した司法書士の名前を聞いた瞬間、全てがつながった。
元支店長の証言
「融資が焦げついたとき、その司法書士が『何とかします』って言ってね。変に急いで手続きを完了させた」
裏で手を回し、誰にも気づかれぬまま抹消登記を通していたらしい。
法務局と銀行の間をすり抜ける巧妙な技だった。
融資記録に残る不一致
融資番号と抵当権の解除番号が食い違っていた。
つまり、本来別の債務についての抹消書類を使っていたのだ。
これは意図的でなければ説明がつかない。
登記簿に残された死者のメッセージ
結局、抹消登記は違法だった。しかも、それを主導したのは依頼人の叔父と、地元の司法書士。
だが、叔父は後悔していたらしい。だから登記簿の余白に、抹消申請の痕跡をわざと残したのだ。
それが、亡き人の最後の「告発」だったのかもしれない。
余白に鉛筆で書かれた文字の正体
筆跡鑑定の結果、鉛筆文字は依頼人の叔父のもので間違いなかった。
彼は死ぬ前に、司法書士に加担した自分を悔い、その罪を明らかにしようとした。
その手段が、あのわずかな余白だったのだ。
再筆される前の抹消申請書
奇跡的に原本が法務局の保管室に残っていた。
それには、消された筆跡と、偽造された別の押印が並んでいた。
その二つが揃ったことで、ようやく真相が白日のもとにさらされた。
サトウさんの冷徹な推理
「これ、登記官もグルの可能性ありますね」とサトウさんがさらっと言う。
俺は思わずお茶を吹きそうになった。「いや、そんな簡単に…」
「簡単じゃないですよ。ちゃんと資料を読み込んだうえでの分析です」と一蹴された。
「ここで帳尻合わせてますね」
差し替えられた申請書と本物の原本。印影、日付、署名。全ての矛盾をパズルのように組み合わせ、
サトウさんは淡々と「ここが決定的ですね」と指さす。
やっぱりこの人、ただ者じゃない。
私はただ「へえ」とうなずくしかなかった
最後には感心して「へえ」としか言えなかった。
俺は司法書士だが、探偵じゃない。でも、今回は探偵ごっこに付き合わされた気分だ。
なんだかコナンの横でモリのおっちゃんをやらされたような気分だった。
意外な犯人は司法書士だった
事件の中心には、やはりその司法書士がいた。
地元でも名の知れた存在だったが、裏ではこういう仕事もしていたらしい。
「書類の調整」は、彼の得意技だったのだ。
登記を巡る巧妙な偽装工作
善意に見せかけた悪意。それが登記簿の中に静かに沈んでいた。
法を扱う者が、法の隙を突く。皮肉にもその手口は見事だった。
俺は、司法書士という職業の重さを思い知らされた。
やれやれ、、、俺の仕事か
誰も気づかなかった嘘を、俺が暴いてしまった。
やれやれ、、、また報告書を山ほど書く羽目になる。
コナンみたいに「真実はひとつ」とか言って終われたら、どれだけ楽か。
登記簿の余白が暴いた真実
小さな空白に隠された罪。それが、すべての真相を暴いた。
この家は、誰かにとっての贖罪の場だったのだろう。
紙の上にすら人の感情は残る。それが登記簿という記録なのだ。
不動産の裏で起きていた人間模様
登記は無機質だと思っていた。だが、それを作るのは人間だ。
この事件は、それを改めて教えてくれた気がする。
法と人との間にある「隙間」に、俺たちは目を凝らさなければならない。
静かに記録される修正登記
訂正の申請が受理され、正式に修正登記が完了した。
新しい登記簿には、もうあの余白はなかった。
それでも俺の記憶には、あの薄い鉛筆の筆跡が焼き付いていた。
そしてまた普通の登記が戻ってくる
午後3時。次の依頼人が事務所に入ってきた。今度は「抵当権設定」の依頼だった。
現実は非ドラマ的に戻ってくる。ドラマのような事件の後でも、日常は続くのだ。
そして俺は、変わらず書類に囲まれている。
サトウさんはもう昼ごはんに行っていた
「シンドウ先生、次の依頼、机に置いときますね」
それだけ言って、サトウさんはさっさと昼ごはんに出かけていった。
俺はまだ昼も食べてなかったが、まぁいいや。どうせコンビニおにぎりだ。
俺は残された書類を片付けながらため息をついた
「あー、これでまた肩こるな…」
独り言のようにつぶやきながら、俺は黙って書類をめくる。
次の余白に、何が書かれているかは――誰にもわからない。