地番は知っていた殺人の順番

地番は知っていた殺人の順番

朝一番の電話はいつもろくなことがない

「地番が変なんです、先生」――そんな漠然とした言い方をされても、こちらはわかりゃしない。
けれど、電話の向こうの不動産業者はやたらと慌てた様子で、今すぐ会いたいと押し切ってきた。
寝起きのインスタントコーヒーすら飲めていない朝に、こういう連絡は本当にやめてほしい。

依頼人は不動産業者の男だった

事務所に現れたのはスーツの肩がテカった中年の男で、額には不自然な汗。
土地売買の決済を控えているのに、地番がどうしても腑に落ちないという。
どうせまた古い謄本でも見間違えたんだろうと、僕は半ば聞き流していた。

登記の地番に違和感があるとサトウが指摘

「これ、微妙に筆界が違ってます。分筆したときの境界線が変です」――横からサトウさんが冷静に言う。
パラパラと謄本をめくりながら、その目は不自然な連続性に気づいていた。
やっぱり彼女はすごい。塩対応でもその鋭さには感心するしかない。

該当物件の謄本に潜む奇妙な記載

該当地番を追っていくと、ある年を境に所有者の記載が妙に飛んでいる。
しかも、それ以前の所有者の名前が、その後また別の名義で登場していた。
登記簿にこんな“幽霊”みたいな現象は、本来ありえない。

亡くなった前所有者の名前が別の形で現れる

確認のため戸籍まで遡ったところ、その人物は数年前に亡くなっていた。
にもかかわらず、彼の名義で移転登記がされていた記録があったのだ。
つまり、死人が土地を売ったことになる。

法務局のデータベースにはなかったはずの履歴

旧所有者の履歴は、紙ベースの謄本にしか残っていなかった。
サトウさんが地元の古い地図と照らし合わせて見つけた隠れた変更。
「わざと古い地番を使ってますね」と彼女は言い、ペンをトントンと鳴らした。

元所有者の死亡と登記のズレ

ここまでくれば、これは単なるミスではない。誰かが意図して“死人”を使っている。
登記のずれと死亡時期を照らし合わせると、ほんの数日の差。
絶妙なタイミングで、違法すれすれの綱渡りをしていた。

タイムスタンプのわずかな狂いが意味するもの

登記申請書の提出日は、役所が閉まるギリギリだった。
さらに、登記済証に押された印影が若干潰れており、コピーである可能性が高い。
つまり、書類自体が偽造されていた可能性が出てきた。

土地を巡って恨みを抱える兄弟の存在

亡くなった元所有者には二人の息子がいた。だが、登記簿に出てきた名義人は第三者。
その“第三者”が実は長男の名前を騙った偽名であることが判明した。
遺産をめぐる骨肉の争いが、地番という静かな記録に刻まれていたのだ。

やれやれ、、、また死人の登記か

僕はため息をついて、机に突っ伏した。こういう話は年に何回もある。
だが、今回はあまりに周到すぎて、司法書士の目を欺くには充分だった。
「地番は嘘をつかないですから」と、サトウさんが鼻で笑った。

名義変更が急がれた理由とは

該当地番には市の再開発計画がかかっていた。土地を持っていれば補償金が出る。
そのために、亡き父の名義を悪用して、長男が土地を他人に売ったフリをした。
地番という細かな記録がなければ、誰も気づかなかっただろう。

誰が得をするかを考えろとサトウは言った

事件の動機は、いつも金だ。犯人も土地も、例外ではない。
サトウさんは黙ってデータベースを開き、他にも似た取引がないか検索を始めた。
「次も似たような仕掛けがありそうですね」と呟くその姿は、もはや探偵だった。

町内の古い地図と照合して見えた違和感

数十年前の公図と現在の登記簿を並べてみると、ある土地が実際の位置よりずれていた。
これは、境界を少しだけ動かして、もう一筆分の土地を盗もうとする手口だ。
しかも、そのずれを隠すための名義変更が行われていた。

かつての分筆と統合が示す殺意の動線

もともと一筆だった土地が分筆され、再び統合されていた。
この動き自体は珍しくないが、時期と所有者の顔ぶれが異様だった。
死んだ人間と繋がる不正な流れが、そこに浮かび上がってきた。

地番が物語る犯人の足取り

犯人は地番を変えることで“足跡”を消そうとしたのだ。
だが、地番は消せても記録は残る。紙と数字の正義が、犯人を追い詰めた。
そして最後に、サトウさんがそれを指差した瞬間、全てが繋がった。

現場に残された唯一の痕跡

事件現場には、司法書士名義の委任状のコピーが落ちていた。
それは明らかに僕が作ったものではなく、フォントも印影も異なっていた。
犯人がそれを“本物”として使った形跡が、現場をより不気味にしていた。

登記済証に混ざっていた一枚の古い契約書

地番と所有者の名が記された古い契約書。それには“死亡後に署名した”日付があった。
法的には無効どころか、文書偽造の証拠でしかない。
だが、それがなければ真実には辿りつけなかった。

筆跡が一致しない委任状の謎

筆跡鑑定の結果、委任状は全くの別人によるものと判明した。
サトウさんが比較したメモ用紙の走り書きが、決定的証拠となった。
地味な証拠だが、司法書士の世界ではそれが致命傷になる。

真犯人は誰だったのか

土地の名義をいじっていたのは、兄ではなく弟のほうだった。
兄に恨みを持っていた彼は、父の死を利用し、自分に有利な地番操作を仕掛けた。
すべては補償金を独占するための、冷静で計画的な犯行だった。

本来の所有者を消すための完全犯罪

死人の名を使っての名義変更。それは表向きには完璧なトリックだった。
しかし、地番という数字が示したのは、動機と機会の一致。
地番は黙っていたが、確実に犯人を指差していた。

司法書士が見破った数字の矛盾

不動産の世界では、数字の誤差が命取りになる。
僕は数字と地番の微妙なずれに気づき、サトウの補助を得て全体像を掴んだ。
やれやれ、、、こんな地味な事件で警察に手柄を持っていかれるのか。

殺意は静かに地番の中に沈んでいた

犯人は逮捕され、土地は本来の相続人に戻された。
だが、補償金の期限には間に合わず、土地はただの空き地になった。
金も命も、静かに地番の上に崩れ落ちていった。

土地は沈黙しているが嘘はつかない

書類は時に語らないが、必ず真実を抱えている。
地番は正直すぎて、嘘が浮かび上がる。
人間よりも、地番のほうがずっと正直だ。

サトウの一言が決定打だった

「死んだ人が登記するなら、幽霊にでもハンコ押させるべきですね」
その一言で、僕は最後のピースを掴んだ。
探偵役は、どうやら僕ではなく彼女だったのかもしれない。

事件の終わりと紙コップのコーヒー

警察が事務所を出ていった後、サトウさんが紙コップを差し出してきた。
「今日は、コーヒーぐらいおごりますよ。あとで給料から引きますけど」
やれやれ、、、誰が一番怖いか、やっぱりわかってきた。

警察が来る前に仕事を終える司法書士

僕らの仕事は、逮捕じゃない。真実を突き止めること。
その意味で、今日もまた一つ地番が語る声を聞いた。
司法書士として、それで十分だと思うことにしている。

サトウの視線はいつも冷たい

僕の顔をじっと見てから、サトウさんは言った。
「先生、顔にコーヒーついてますよ。いつまで寝ぼけてるんですか」
やれやれ、、、地番よりも冷たいこの視線が、一番刺さる。

今日もまた地番が何かを語っている

依頼は尽きず、土地も人も変わらない。
けれど、僕は数字を信じてまた一日を始める。
そして、今日もサトウさんの冷たい視線に耐えるのだ。

そして僕は明日も登記の世界に戻る

机の上のファイルを手に取り、ため息をつく。
「やれやれ、、、また地番か」
コーヒーを飲み干して、僕は静かにペンを走らせた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓