朝の事務所に届いた一通の封筒
今朝のことだった。事務所のポストに無造作に突っ込まれていた一通の封筒が、静かな一日をひっくり返すとは誰が想像しただろうか。切手も消印もなく、差出人の記載もない。ただ、角が少し折れたA4サイズの茶封筒が、不気味なほど整った文字で「司法書士シンドウ様」とだけ書かれていた。
中には一枚のコピーと、封のされていない内容証明郵便の写し。仮登記の抹消を要求する文面だった。だが、奇妙なのはその登記がすでに抹消済みだという点だった。
差出人のない謎の内容証明郵便
通常、内容証明は記録が残るため、匿名で送る意味がない。なのにこれはまるで、誰かが「この件に気づけ」と訴えているようだった。差出人欄は空白。受取人も、なぜか私ではなく、もう亡くなった旧地主の名前だった。
「これは過去の火種ですね」とサトウさんがぽつりと言った。その声音があまりに冷静だったので、逆にぞっとした。封筒を開けた瞬間から、彼女のスイッチが入ったのだ。
サトウさんの冷静な分析
「この仮登記、もしかして使い回されてる可能性があります。履歴を洗ってみましょう」パソコンに向かう彼女の指は迷いがなかった。おそらく、アニメで例えるなら名探偵コナンが蝶ネクタイで推理する時くらいの確信だろう。
やれやれ、、、朝から厄介なネタが降ってきたもんだ、と私は椅子に沈み込みながら、すでに覚悟を決めていた。
依頼人は元地主の息子
午前中に電話が鳴った。電話の主は、「仮登記の件でご相談が」と、やけに丁寧な口調だった。待ち合わせ場所は事務所ではなく、なぜか近所の喫茶店を指定された。何やら厄介な匂いがプンプンする。
指定された時間、そこに現れたのは50代半ばの痩せた男性。自分は旧地主・岸田家の次男だと名乗った。「父の代の登記に不審点があり、調べているうちに、ある仮登記が消えていることに気づきまして……」
消えた仮登記の謎
聞けば、その仮登記は父が存命中に設定されたもので、借金の担保にされたものだったという。しかし今の登記簿にはその痕跡すら残っていない。彼は裁判所で仮処分の履歴を追い、ようやく過去の一部を掘り起こしたという。
「誰かが抹消申請をした。でも、父も兄もそんな手続きをした形跡はない。まるで消されたように記録が飛んでいるんです」と彼はつぶやいた。
相続人の存在が曖昧なまま
さらに厄介だったのは、岸田家の相続が正式に終わっていなかった点だった。相続登記がなされておらず、父名義のままになっている土地がいくつも存在する。にもかかわらず、その土地にまつわる仮登記だけが、消えていたのだ。
何かが引っかかる。これはただのうっかりや見落としではない。誰かが意図的に、この土地の過去を葬ろうとしている。
現地調査で見えた違和感
午後、私は現地に向かった。田舎道を抜けた先にある、今は空き地になっている土地。周囲には高齢の住民がちらほら。フェンスで囲まれた土地の端には、朽ちかけた看板が立っていた。「貸地」の文字がかすかに読めた。
現地で立ち話をした近所のご婦人によれば、かつてこの土地には古びたアパートが建っていたという。そして、大家の息子が妙な連中と揉めていたとも。
登記簿と実態の矛盾
現地の印象と登記簿を照らし合わせていくうちに、登記簿上に現れない改築や名義変更が存在している可能性が見えてきた。特に、建物滅失登記が行われた日付と、実際に建物が取り壊された時期が食い違っていた。
つまり誰かが、建物がまだあるうちに“存在しないこと”にした。それが仮登記抹消のタイミングと一致していたのだ。
近隣住民の証言が示す影
「なんか夜な夜な男たちが来てたわよ。いつの間にか大家の息子さん、姿見なくなったもの」老婆の証言は、まるで昔話のようだったが、なぜか妙にリアルだった。その「夜の訪問者」たちが何をしていたのか。仮登記の謎と関係があるとしか思えない。
「サザエさんの中島くんが、波平さんに怒られる回みたいですね」……いや、まったく例えになってない。
元名義人の足取りを追って
私は法務局の旧記録と、裁判所の事件簿記録を照合した。すると、仮登記が抹消された数ヶ月後に、何件かの差押え登記が打たれていた形跡が出てきた。何者かが所有権を隠し、別の名義で再登記を行っていた。
旧地主の息子たちはこの事実を知らずにいた。つまり、知らぬ間に土地が他人の手に渡り、仮登記の履歴ごと消されていたのだ。
過去の登記記録に浮かぶ不自然な改ざん
その登記申請書類に添付された書類の中に、明らかに筆跡の異なる署名があった。登記義務者とされる人物の署名が、日によって変わっていたのだ。「筆跡鑑定にかければ一発ですね」とサトウさんは冷たく言った。
明らかに誰かが、勝手に仮登記の抹消を行っていた。しかも、権利者の同意もなしに。
仮登記の裏に隠された目的
結局、その土地をめぐっては、担保としての価値を回復させる目的で仮登記が使われたのだ。だが、途中で誰かがその利権を横取りする形で手続きを進めた。まるで、モナリザの裏にもう一枚絵が描かれているような、二重構造の契約だった。
その改ざんを可能にしたのは、同業者の“見逃し”だ。そして私はその名前を見つけてしまった。
証拠となるはずの書類の喪失
法務局で閲覧した一部の添付書類は、なぜか保存期限前に“廃棄済”と記されていた。ありえない。誰かが意図的に証拠を消している。それができる立場の人間は限られていた。
昔、司法書士をやっていたという人物の名前が、過去の記録に残っていた。今は引退しているが、その当時、岸田家の登記を担当していたという。
サトウさんの推理が導く真実
「彼が登記義務者の代理人として動いた可能性があります。抹消も、偽造の署名も、すべて彼の事務所で完結している可能性があります」サトウさんの論理は、完全に探偵アニメのエンディングのテンポだった。
しかも彼女は、当時の登記の写しから、決定的な違和感を見つけていた。
書類の筆跡が一致しない理由
署名欄にある文字と、委任状の文字が明らかに違っていた。仮登記の抹消に使われた委任状が、偽造だったのだ。過去の依頼人が筆跡を変える理由はない。つまり、別人が書いた。しかもそれを見逃した司法書士がいた。
真犯人は、すぐそこにいる。あとは、確定的な証拠だけだった。
元登記義務者の知られざる背景
実は、仮登記の対象だった土地の裏には、戦後すぐの混乱期に奪われた旧地主の財産問題が絡んでいた。元義務者は当時の混乱を隠蔽するため、自ら抹消に関与していた可能性も浮上した。
だが、やはりキーパーソンは、あの引退した司法書士だった。
結末を迎えた仮登記の行方
その後、元司法書士は任意で調査に応じ、不正を認めた。被害者に補償が行われ、相続人である依頼人が正式な手続きを経て、土地の所有権を回復することとなった。仮登記の嘘は、ようやく白日の下にさらされた。
事務所に戻ると、サトウさんが冷めたコーヒーを飲みながらつぶやいた。「正義って、時間かかりますね」
新たな登記申請と和解
依頼人は涙ぐみながら頭を下げた。「父の名誉が少しでも回復できて良かったです」。その言葉に、私も少しだけ胸のつかえが取れた気がした。
そしてまた、登記申請書類の山がデスクに届く。現実はいつだって、手続きを待ってくれない。
夕暮れの事務所で
カーテン越しの夕陽が差し込む事務所で、私は深いため息をついた。ファイルを閉じて、デスクに突っ伏す。今日もまた、誰かの「知らなかった」を「分かった」に変える一日が終わろうとしている。
サトウさんの一言に救われる
「……次は、ちゃんと最初から依頼してくれるといいですね」サトウさんの皮肉混じりの一言に、思わず苦笑した。やれやれ、、、ほんと、もう少し平和な登記がいい。
「やれやれ、、、また一日が終わった」
私は椅子に身を沈めながら、いつもの言葉を漏らした。「やれやれ、、、また一日が終わった」。サザエさんのエンディングのように、どこか寂しく、どこかホッとした気持ちで、私は次の依頼のファイルを手に取った。