ある日届いた一通の転送ミス
郵便物の宛名に違和感があった
机の上に置かれた封筒を見て、俺は目を細めた。依頼人として記載されている名前には見覚えがあったが、どうも違和感が拭えない。過去の登記簿に似たような記録があった気がするが、詳細が思い出せない。
「この名前、なんか引っかかるんだよな……」と独りごちると、すぐにサトウさんの視線が突き刺さった。
サトウさんの目が鋭く光る
「その人、確か前にも出てきてます。別の物件で。」 すぐさま端末を操作し始めたサトウさんは、以前の登記履歴を呼び出していた。相変わらず仕事が早い。俺がようやく気配を感じる頃には、彼女はすでに証拠を掘り当てているのだ。
「でもこの住所、いま誰も住んでないはずです。登記も止まってる。」彼女の言葉が妙に重く響いた。
始まりは住民票の請求から
なぜか辻褄が合わない記録
念のため、委任状を取って住民票の写しを請求してみた。戻ってきた内容を見た瞬間、首をかしげた。表向きは現住所が記されているが、転出の記録が中途半端に終わっていた。
「役所のミスじゃないのか?」と呟くと、サトウさんが「あえてそうされてる可能性もあります」とピシャリと返す。やれやれ、、、また厄介ごとか。
本籍地と現住所が一致しない
本籍地を確認してさらに驚いた。そこは廃村になった地域で、現在は存在しないとされている土地だったのだ。にもかかわらず、住民票にははっきりとその場所が書かれている。
書類の上では“存在する”が、現実には“存在しない”。まるで幽霊のような存在だ。いや、ゴルゴ13のように“記録から消された”といったほうが正確かもしれない。
消えた依頼人の正体
名義人は十年前に死亡していた
戸籍謄本をたどっていくと、驚くべきことが判明した。その人物は、実は十年前に死亡していたのだ。現在の名義は、明らかに誰かが成り代わって取得したものだった。
「……でも、だったら誰がここに依頼を?」疑問を投げかけると、サトウさんが眉をしかめた。「偽名で動いている人物がいるはずです。」
同姓同名の別人か
最初は同姓同名の可能性も疑った。だが、住民票コードと照らし合わせると一致してしまう。となると、故人の情報を使って誰かが不正をしているということになる。
記録の中で生き続ける死人。これはもう、“住民票の中に潜む怪盗X”とでも呼びたくなるような話だった。
サトウさんの役所突撃作戦
住民票コードを追い詰める
「私が行きます」と言って、サトウさんが役所へ向かった。俺の出る幕はない。どうせ俺が行っても、サザエさんの波平みたいに話をこじらせるだけだ。
数時間後、戻ってきたサトウさんは、住民票コードの履歴をもとに、転出先の市区町村コードが間違っていることを突き止めていた。わざとか、うっかりか――前者だろうな。
書類の裏に書かれた謎の数字
「裏面に、なぜか手書きで『217 03』って数字がありました」 その数字を聞いた瞬間、俺の頭に閃光が走った。登記の内部番号で、地番を仮登録していたときに使っていた管理コードだ。
つまり、誰かが過去の地番データを使って、架空の住所を作り出していたということになる。
再調査で見えてきた影の存在
町内に存在しない番地
現地調査に向かうと、該当する番地には更地が広がっていた。郵便受けすら存在しない。だが、書類上はしっかりと建物が存在していることになっている。
「登記簿だけで家を売ると、こういうこともできるんですよ」とサトウさんがぼそっとつぶやく。怖い世界だ。
書類の原本に残された訂正跡
法務局で閲覧した原本には、明らかな修正跡があった。元の記録を白く塗りつぶし、上から新しい内容が書かれている。これが素人の仕業とは思えない。
まるで、ルパン三世が偽札を刷るように、法の目をかいくぐる手際の良さだった。
登記簿と住民票の不一致
売買の履歴がどこかおかしい
過去の売買履歴を精査していくと、途中で所有者が急に変わっている。しかも、売買価格が極端に安い。いわゆる“マネーロンダリング”の可能性が濃厚だ。
登記申請者の司法書士名も不明。そんなことあるか? 俺は手帳を取り出して、その名前をメモした。
真の名義人は誰なのか
最終的に辿り着いたのは、東京に本社を持つ不動産業者の名だった。だが、その会社は3年前に倒産しており、現在は登記上だけ存在する“ゾンビ法人”。
つまり、誰かがそのゾンビ法人の名を使って、取引を演出していたということだ。
知り合いの法務局職員からのヒント
昔の所有者が抱えていた借金問題
「実はあの土地、十年前に差押え対象になってたんですよ」と、顔なじみの職員が教えてくれた。なるほど、だから表には出せなかったわけか。
どうやらその時点で、なにかしらの不正が始まっていたらしい。
過去に類似の偽装事例があった
過去の判例をあたると、似たような手口が福岡で報告されていた。ゾンビ法人を使った登記詐欺――今回の手口と酷似していた。
司法書士としての嗅覚が、これはただのミスでは済まないと告げていた。
町の古地図が語る別の真実
移転登記されていない空き家
古地図を元に調べた結果、問題の土地にはかつて平屋の家があったことが判明した。だが、登記上ではその建物は存在していない。
建物滅失登記がされないまま、誰かがそれを“あること”にして流用していたのだ。
住民票に記されなかった家族構成
さらに古い住民票の附票には、現在記載されていない家族の名前があった。死亡届も、転出記録もない。完全に“消されている”。
これは事故か、それとも誰かが意図的に記録を操作したのか……。
シンドウが見抜いた嘘の書類
筆跡鑑定が示した驚きの事実
俺が知り合いの鑑定士に頼んでみたところ、委任状と印鑑証明の筆跡が一致していないことが分かった。つまり、誰かが別人になりすまして申請をしていたのだ。
その名前こそ“依頼人”を装っていた人物であり、故人の情報を悪用していた黒幕だった。
登録免許税の不正免除疑惑
最終的に判明したのは、登録免許税の減免措置を悪用し、何件もの登記を行っていたことだった。その全てに、今回の人物が関与していた。
もう、これは完全に“犯罪”だ。証拠をそろえ、俺は関係機関に提出した。
やれやれ、、、また泥をかぶるのは俺か
依頼人の正体と逃げた理由
偽の依頼人は、すでに消息を絶っていた。金だけを受け取って、書類を偽造し、どこかへ消えたらしい。警察も追ってはいるが、見つかるかどうかは怪しい。
「結局、誰も得しない事件でしたね」とサトウさん。確かにその通りだ。
シンドウがとった司法書士としての答え
俺は、今回の事例を後進の司法書士向けにまとめて公開した。少しでも再発を防ぐためだ。失敗や被害を無駄にしないこと、それがせめてもの償いだと思った。
「やれやれ、、、これでまた仕事が増えるぞ」と俺はぼやいたが、どこか心は晴れていた。