公証役場待合室静かな時間の恩返し
朝からバタバタしてやってきた公証役場
「もう今日は、電話の鳴る間隔がサザエさんのオープニング並みに短いな……」
そうつぶやいたのは、司法書士のシンドウ。朝イチから登記の相談、成年後見の相談、さらに遺言書の確認で三件立て続け。ようやく書類を抱えて公証役場に着いたのは、午後も中盤を過ぎた頃だった。
「やれやれ、、、これで一息つけるわけもないんだがな」
目の前の書類よりも鳴り止まぬスマホが気になる
待合室に腰を下ろしたものの、スマホが鳴り続ける。画面には「サトウ」の名前が表示されていた。
「センセイ、次の相続の件ですが、例の兄弟がもめ始めました」
「またか……漫画の怪盗が残した予告状くらい、わかりやすく筋立ててくれればいいのに」
依頼者からの急ぎの連絡サトウさんの冷静な判断
「で、どうする?」と聞くと、サトウの返答は実に簡潔だった。
「静観です。今行っても、燃料を注ぐだけです」
相変わらず冷静な女だと、心の中で感心しながらスマホを伏せた。
やれやれと一息ついた先にあったのは無音の待合室
そしてようやく、シンドウは深く息をついて天井を見上げる。
「……やれやれ、、、ここ、案外落ち着くな」
公証役場の待合室は、驚くほど静かだった。時計の秒針の音すら、やけに響いて聞こえる。
何も起きない時間がくれるもの
待合室の空気が教えてくれたこと
なにも起きない。人も来ない。空気だけが淡々と流れる。
まるで名探偵が登場する前の、静まり返った洋館のようだ。
強制的な静けさが脳内会議を始めさせる
そんな静けさの中で、シンドウの頭の中には、今日受けた相談が順番に並び始めた。あれはどう処理するか、これはどう返すか。
すると突然、自分が探偵になったような気分になった。
あの時の依頼者の言葉がふとよみがえる
「あんたが言ってくれたから、もう少し生きてみようと思えたよ」
そう言って帰っていったあの老人の顔が、浮かんできた。
公証役場という小さな止まり木
決して歓迎される場所ではないけれど
公証役場は、誰もが進んで来たがる場所ではない。遺言、公正証書、認知、死後の準備……
けれど、ここは静かに人の人生が整理されていく場所でもある。
孤独な士業者にはありがたい沈黙
毎日誰かの人生を肩越しに見ては、ひとりで事務所に戻る。
そんな士業者にとって、この沈黙はありがたかった。
サザエさんのエンディングのような脱力感
ふと、シンドウは思う。「この感じ、サザエさんのエンディングを見終わった日曜の夜に似てるな」
寂しいのに、どこかホッとする。明日も仕事だと思えば気が重いが、今日が終わることには安堵する。
静かな時間がほどいてくれるもの
自分のことを考える余白なんて久しぶりだ
忙しさの中で、自分が何を考えていたのかも忘れていた。
「そういえば、俺、何で司法書士になったんだっけ……」
肩こりとため息と孤独の正体
長年、肩のあたりに何かが乗っているような感覚があった。
それが、責任か、老いか、孤独か。はっきりとは言えないけれど。
このあと何食べようと思えたら勝ち
そのとき、腹が鳴った。
「なんだよ、もう16時か……このあと何食べようか」
そう思えた瞬間、少しだけ心が軽くなった。
そして、番号が呼ばれる。
「やれやれ、、、そろそろ現実に戻るか」