登記簿に消えた花嫁の名前

登記簿に消えた花嫁の名前

登記簿に消えた花嫁の名前

午後の来訪者

午後3時、事務所の扉が控えめに開いた。小さな音だったが、その場の空気を変えるには十分だった。 入ってきたのは30代半ばと思しき女性。黒いスーツに身を包み、どこかよそよそしい。 「あの、婚約者の遺産の件で相談がありまして…」それが彼女の第一声だった。

破談の理由と遺産の噂

事情を聞けば、婚約者は数週間前に亡くなっていた。婚約はしていたが、入籍はしていないという。 彼女は涙をこらえながら語った。「遺言があったはずなんです。でも私の名前は登記にも記録にも…」 財産の話になると、どんな悲劇もサスペンスに変わる。しかも、相続人は誰も現れていないという。

サトウさんの冷静な推察

「それ、相続登記が済んでいないだけじゃなくて、誰かが意図的に止めてるかもしれませんね」 サトウさんは淡々とPCを叩きながら言う。鋭い目つきで登記情報を確認している。 僕が彼女に気圧されて「やれやれ、、、やっぱり今日も彼女に主導権を奪われたか」と内心で嘆いている間に、彼女は次の行動を決めていた。

婚約者だった彼女の証言

女性の話によると、婚約者は生前「君には全てを遺す」と言っていたらしい。だがその言葉を裏付けるものがない。 「婚約破棄は…私が原因でした。だから、もしかしたら遺言も書き換えられて…」と語る彼女の目には後悔がにじんでいた。 破談の理由には触れなかったが、そこに何か秘密があることは間違いなかった。

遺言書の存在と消えた封筒

「公正証書遺言の可能性もあるね」と僕が言うと、彼女は小さくうなずいた。 「一度、赤い封筒を見たことがあります。『これは君のためのもの』って彼が…」 だがその封筒は今、どこにも見当たらない。まるで何者かがその存在を消したかのようだった。

登記簿にない相続人の名前

登記簿上には、亡くなった婚約者の母親の名前があった。しかし彼女は既に亡くなっているはずだ。 「変ですね」とサトウさんが呟く。「死亡届が出ていない?それとも抹消されていないだけ?」 書類の山に紛れ込んだ真実は、こうして時に意図的に放置されている。

調停記録に眠る真実

家庭裁判所に照会をかけたところ、過去に婚約者が調停を申し立てていた記録が見つかった。 「養子縁組の解除について、ってありますね…」サトウさんの眉がピクリと動く。 それが何を意味するのか。家族関係に何かしらの動きがあったのは明らかだった。

司法書士会での偶然の再会

調査の過程で、僕は偶然ある年配の司法書士と出会った。昔、婚約者の父親の登記に関わったという。 「その息子さん、最後は一人だったようですよ…」彼の言葉に、何か違和感を覚えた。 孤独の中で誰を信じ、誰に残すべきか迷っていたのか。僕には、その葛藤が手に取るようにわかった。

旧姓と新姓の罠

「これ、おかしいですね。被相続人の戸籍の記載と、婚約者女性の氏名が一致しません」 サトウさんは即座に指摘した。旧姓で記録されたままの戸籍と、新姓で記された書類。 これが、登記簿から彼女の名前が消えている理由だったのか。

公証人が見た花嫁の涙

数日前に接触した公証人が、ひとつの事実を語ってくれた。「確かにあの女性と彼、ふたりで来ましたよ」 遺言書を読み上げた後、婚約者は微笑みながら「彼女にすべてを」と言ったらしい。 そして、その目には涙を浮かべる女性の姿があったという。

サトウさんが突きつけた証拠

公証役場に残る写しと、公証人の証言を持ち帰ったサトウさんは、そのままスキャンして僕の机に置いた。 「これが証拠です。あとは、これを信じて申請すればいい」 その声は冷たかったが、どこか優しかった。まるで、最後には信じていいと言われているような気がした。

遺産の鍵は一枚の婚姻届

遺言とは別に、彼は婚姻届も準備していたらしい。だが提出には至らなかった。 「それが、彼なりのけじめだったのかもしれませんね」と女性は呟いた。 登記簿には残らなくても、愛はそこに確かにあったのだろう。

やれやれ、、、名前だけじゃわからない

書類上の名前だけでは、人の想いは測れない。 やれやれ、、、そういう部分が、この仕事の面倒くさいところでもある。 でもだからこそ、きっと僕ら司法書士の仕事には意味があるんだろう。

真実と手続きの狭間で

登記が完了した日、彼女は深く頭を下げて帰っていった。 「ありがとうございました」と一言だけ残して。 僕は椅子に座り直し、深いため息をついた。今日も書類の山は減らない。

登記が完了するその前に

事件は終わった。だが、この事務所にはまた次の謎がやってくるだろう。 「シンドウさん、次の予約、来週の相続放棄です」 僕は書類に目を戻し、思わず天井を見上げた。「やれやれ、、、また厄介な話かもしれんな」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓