失踪した笑顔
朝のコーヒーと届かなかった登記申請
その朝も、いつものように私は事務所でインスタントコーヒーをすすっていた。眠気と戦いながらチェックしたメールに、届いているはずの登記申請が見当たらない。不動産の相続登記、依頼人は先週、笑顔で書類を預けて帰った男だった。
依頼人の消えた履歴と不自然な留守電
電話しても繋がらない。留守電には一言だけ、笑い声に続いて「ありがとう」の声。住所を訪ねてみたが、家はもぬけの殻。まるでサザエさんのオープニングで、波平が帽子を飛ばされて追いかけていくような、間の抜けた始まりだった。
謎を残した笑い声
訪問先に残された奇妙なメモ
家のポストには「見届け人はすぐそこに」という謎めいたメモ。誰が書いたのか、そして「見届け人」とは誰のことなのか。司法書士をやっていると、こういう突飛な出来事に不意打ちされるから困る。
笑いながら立ち去った人物の目撃証言
近所のクリーニング店の店主によれば、依頼人は数日前、何かに満足したように笑いながらトランクを引いて立ち去ったらしい。だが、トランクの中身が何だったかまでは見ていない。
サトウさんは笑わない
塩対応と鋭い推理の裏返し
「つまり、彼は相続を装って逃げたってことですね」とサトウさん。相変わらずの塩対応だが、推理は鋭い。私は何も言い返せず、コーヒーを飲み干すしかなかった。
行政書士との小さな確執
「あの案件、うちじゃなくて行政書士に任せた方が良かったんじゃ?」という彼女の言葉に、思わず机をたたきそうになったが、私は深呼吸して落ち着いた。やれやれ、、、言い返せる言葉が見つからない。
嘘を封じた公図の線
地番と地番の隙間にある闇
登記簿を再確認すると、不自然な空白が一つ。地番の番号が飛んでいた。まるで怪盗キッドが現れたあとにだけ残される煙玉のような不可解さだ。
登記簿に記載されなかった家
古い公図を取り寄せてみると、そこには一軒の家があった痕跡がある。だが、登記には記載されていない。つまり、存在しない家が相続対象になっていたのだ。
消えた印鑑証明の行方
提出された書類の矛盾
提出された印鑑証明は、発行日が一年前になっていた。そんな書類が通るはずがないのに、私はなぜか気づかなかった。うっかり、という言葉では済まされない失態だ。
古い様式の委任状に隠された違和感
委任状の様式も古い。もしかして——これは、過去の登記から誰かがコピーして作った偽造品なのではないか。そう思って、私は過去の登記記録をさかのぼり始めた。
謎を嗤う者
笑っていたのは誰だったのか
結局、あの笑い声の主は依頼人ではなく、依頼人の弟だった。兄の名を騙って相続を装い、不正に土地を手に入れようとしていたのだ。司法書士を騙すなんて、いい度胸だ。
相続放棄の手続きと口止め料
実は兄はすでに亡くなっており、弟はその事実を伏せて登記を進めようとしていた。報酬の一部が不自然に多かったのも、その罪悪感の裏返しか。口止め料というわけだ。
やれやれ、、、それでも仕事は続く
シンドウが選んだ最後の一手
私はこの事実を法務局に報告し、登記は中止。弟には警察が動いたらしい。やれやれ、、、後処理ばかりが増えていく。
推理は正しかったか否か
それでも、サトウさんの助言がなければ、私は気づかなかったかもしれない。やはり、彼女は手放せない存在だ。
書類の山と笑いの意味
司法書士が抱えたもう一つの秘密
実は、あの依頼人の兄とは大学の同期だった。顔が似ていたからこそ、私は違和感を覚えていたのだ。だが、決定打がなかったから黙っていた。
サトウさんの微笑みはほんの一瞬
「また助けてしまいましたね」とサトウさんは言った。口元がわずかに緩んでいた。あれは、笑顔だったのだろうか。
真実に辿りついたのは誰か
最後に笑ったのは依頼人か司法書士か
結果的に、私が守ったのは登記の公正さと、一つの名前の尊厳だった。そして、最後に微笑んだのは——
登記完了通知が届いた日
その日、別件の登記完了通知が届いた。書類の束に埋もれながら、私はまたコーヒーを淹れる。「ああ、次はどんな依頼だ?」と天井を仰いだ。
静かなるエピローグ
次の依頼とまた始まる日常
サトウさんの机には、すでに新しい案件が置かれていた。彼女は淡々と仕事を進め、私はそれに追いつこうと書類に目を通す。
今日もまたサトウさんは塩対応だった
「今度は最初からちゃんと見てくださいね」 やれやれ、、、また塩対応か。でも、その一言がないと、調子が出ないんだ。