午後の事務所に届いた一通の封筒
薄茶色の封筒と不穏な空気
午後三時。蝉の鳴き声がやかましい中、机の上に投げ込まれたのは、古びた地元の不動産会社からの封筒だった。封筒の中には、手書きで「登記簿におかしな記録があります」とだけ書かれたメモと、数枚の写し。
僕はすぐさま手を止めて、サトウさんに封筒を見せた。すると、彼女はため息交じりに「またですか」と呟いた。どうやら、これが初めてではないらしい。
怪異は古い家に宿る
一筆書きの謄本と見えない所有者
調べてみると、問題の家は築80年の木造住宅。名義人の欄には名前があるが、住所が空白。しかも、相続登記もされていない。まるで誰かが意図的にこの登記を放置しているような、不自然な空白だった。
「サザエさんの家だってもっと登記きちんとしてますよ」とサトウさんが皮肉を言う。…いや、あの家は昭和の夢だからな。
地番の罠と見えざる線
正体不明の筆界未定地
現地調査に向かうと、そこには地番が示す土地が見当たらなかった。古地図と照らし合わせても一致せず、登記簿の記録だけがぽっかりと浮かんでいる。まるで、誰にも知られてはならない土地のように。
やれやれ、、、またこういう面倒な案件か、と僕は内心でうなだれた。
影のように現れた男
黒いスーツの無言の訪問者
事務所に戻って数日後、一人の男が現れた。名乗りもせず、ただ「その登記は触らない方がいい」とだけ言って、すぐに帰っていった。まるでルパン三世に出てくる謎の敵キャラみたいな登場。
サトウさんが「こういうのってだいたい次に誰か消されますよね」と冷静に言うので、背中に冷たい汗が流れた。
昭和の戸籍から漏れた者
見えない家族と失われた繋がり
戸籍を調べ直すと、昭和四十年代に除籍された人物の中に、該当の住所に住んでいた記録が一つだけあった。ただし、その家族構成がどう見ても不自然だった。長男が突然消えているのだ。
その長男の名が、問題の土地の名義人と一致する。ただ、その後の行方は一切不明。
境界を越えたもの
家の裏手に立つ祠
再度現地へ足を運ぶと、家の裏に小さな祠があるのを見つけた。誰も手入れしていないのに、なぜか花が供えられている。土地の隣人に聞いても、そんなものは「昔からあるけど誰も触れない」とのこと。
まるでそこだけ、時間が止まっているかのようだった。
登記簿に記された呪縛
所有権が動かない理由
不動産会社によると、過去に何人もこの物件を購入しようとしたが、直前で皆が契約を破棄しているらしい。「なんとなく嫌な感じがする」と言って、全員が逃げていったという。
それでも、登記簿上では何も異常がない。ただ、名義がずっと動かないだけなのだ。
真相は一本の古い登記記録
見落とされた附属書類
法務局の過去帳にあたる書庫から、偶然見つけた古い附属資料。その中にあった一枚の紙切れ、「使用貸借契約につき、所有権移転はせず」との手書きの一文。つまり、この土地は貸されたまま、誰にも返されていなかったのだ。
誰に? それは分からない。ただ、祠の前で手を合わせる誰かの姿が、今もあるという噂だけが残っている。
事件の結末と小さな解決
名前を残すことの意味
僕は所有者不明土地管理制度を活用して、手続きを進めることにした。完全な解決ではない。けれど、この世に名を残して生きた誰かの証として、その土地の記録を未来に繋ぐことだけはできる。
サトウさんは黙ってコーヒーを差し出してきた。…いつか、僕も名を残せるだろうか。
誰もいない法務局の夜
閉庁後に響く足音
すべてを終えたある晩。書類を提出しに行った法務局で、不意に聞こえた足音。振り向いても誰もいない。受付の椅子が、ぎぃ、と音を立てて揺れていた。
やれやれ、、、また何か始まりそうだ。