無言電話と識別コードの謎

無言電話と識別コードの謎

朝一番の無言電話

午前8時過ぎ。まだコーヒーも口にしていないうちに、事務所の電話が鳴った。ナンバーディスプレイには非通知。「またか……」と思いながらも受話器を取ったが、返ってきたのは沈黙だった。

「またイタズラですかね」とサトウさんが言った。非通知の無言電話は今週に入って3度目。無言のくせにしっかり回数を重ねてくるあたりが、妙に不気味だった。

受話器を置いたあと、デスクの上の書類に目を戻す。今日のメインは相続登記。ところが、その書類の中に、何かが混じっていた。

着信履歴に残された違和感

「シンドウ先生、今の電話、何かおかしくないですか?」

サトウさんが自分のスマホを見せてくる。事務所電話にかかってきたはずの着信が、なぜか彼女の携帯にも同時に履歴として残っていた。「内線でもあるまいし、そんなことある?」と眉をひそめた。

それはまるで、何者かが事務所のすべてを見通しているかのようだった。

サトウさんの冷静な分析

「これは、ただの無言電話じゃありませんね」

サトウさんは冷静に言った。「登記関係のトラブルを抱えてる人間が、司法書士の動きを監視してる。そう考える方が自然です」

いつものことながら、サトウさんの推理には無駄がない。さすが、平成のキャッツアイとは私の中だけでの呼び名だが、これはちょっと本気で警戒する必要がありそうだった。

依頼人と登記識別情報

その日、午前中にやってきた依頼人は、還暦を過ぎた初老の男性だった。手に封筒を持ち、無言のまま私の机に置いた。「中にあるのが、識別情報です。父の土地の」

私は封筒を開け、中の書類に目を通した。確かに登記識別情報通知だった。しかし、どこか違和感があった。

書類の一部が不自然に切り取られており、識別番号の一部が消されている。依頼人に問いただそうとした瞬間、彼は席を立った。「このあと用があるので、失礼します」

破られた封筒の中身

「サトウさん、この封筒、何かおかしくない?」

「ですね。糊の付け方がバラバラですし、たぶんこれ、再封されたものですよ」

もともと本人が受け取った識別情報を第三者が手に入れた。その上で中身を改ざんし、我々に依頼してきた……その線が急浮上した。

13桁の数字が意味するもの

問題は、その13桁の登記識別情報だった。数字の並びが、私の記憶に引っかかった。

それは、5年前に処理した不動産売買の登記情報と酷似していた。あの案件は、登記識別情報の再発行が絡んで、少し揉めたことを思い出す。

「まさか、同じコードを流用してる……? そんなことが……」と自問する私に、サトウさんが呆れ顔で言った。「それ、犯罪ですね」

奇妙な一致

調べていくうちに、今回の識別番号と5年前の物件との間に、所有者の名字が一致していることがわかった。しかもその人物は既に亡くなっている。

となると、今回依頼してきた男は誰なのか。本人でも相続人でもなさそうだ。

やれやれ、、、厄介な案件になってきた。

過去の事件との接点

5年前の登記に関わった地元の不動産業者に連絡をとったところ、「あのとき無理やり話を進めようとした別人がいた」と証言が得られた。

その男の特徴が、今日の依頼人と一致していた。つまり、彼は何年も前からこの物件を狙っていたのだ。

手口は登記識別情報の偽造。まるで、探偵漫画で見るような大胆不敵な犯罪者だ。

もうひとつの番号

書類の裏に、鉛筆で小さく数字が書かれていた。消し忘れたのか、故意に残したのか。数字は「10270419」

これは、何かの暗号か。サトウさんが一瞬で解析した。「市の公図番号ですね。土地の区画指定だと思います」

「この番号、今の住所とは一致しません。つまり……」

紙の裏に書かれた謎の数字

「ダミーですね。登記情報を偽装するために、別の地番を混ぜて混乱させてる」

「一種の攪乱戦術……怪盗キッドも真っ青ですね」

サトウさんの淡々とした声に、妙に安心感を覚えた。こういうとき、彼女は頼りになる。

元所有者の行方

元所有者は、死亡届が提出された後に、戸籍上も消えていた。しかし、登記上の変更は行われておらず、いわば「空き番号」状態になっていたのだ。

これを狙って、偽の依頼人が動き出した。ターゲットは、登記制度のスキを突いた精密犯行。

司法書士をだませば、登記は通る。その前提に立った計画だった。

サトウさんの推理

「そもそも、無言電話があったのはなぜか。正解を伝えない代わりに、間違わせるためです」

「私たちが不正に加担するよう誘導することが目的だったわけです」

つまり、証拠は残さず、司法書士の信用を利用し、正規の手続きを通じて不動産を奪う。恐ろしい計画だった。

電話の主の目的

「非通知だったのも、録音防止でしょうね」

「けど、私は録音してましたよ」

サトウさんが自分のスマホを見せた。あのとき、密かにスピーカーモードで録音していたのだ。

登記識別情報の価値

登記識別情報は、司法書士が最も慎重に扱うべき書類のひとつだ。それを悪用しようとする者は、まるで通帳の暗証番号を盗もうとするようなもの。

今回の件は、制度の盲点を突いた知能犯だった。しかし、最後にそれを防いだのは、サトウさんの冷静な判断力だった。

「ま、シンドウ先生が気づいてたら、もっと早く解決したかもですけど」

やれやれ、、、ようやくつながった点と線

私は一息ついて、ぬるくなったコーヒーを飲んだ。事件は一件落着。無言電話の主も偽造識別情報を使った証拠が揃い、警察に通報済みだ。

結局、サトウさんの推理に引っ張られる形で動いたが、結果的に正解に辿り着けた。

やれやれ、、、まったく、この仕事は気が抜けない。

真犯人は司法書士を試していた

あの依頼人は、複数の司法書士に同じ方法で近づいていた。中には、手続きを進めてしまった者もいたらしい。

試されたのは、私たちの「信頼」だった。制度ではなく、人が突破口になると信じて。

だが、今回の彼は運が悪かった。うちの事務員が天才だっただけの話だ。

静かに鳴る最後の着信

事件から数日後、再び電話が鳴った。今度も非通知、そして無言。

しかし、私はもう迷わず受話器を置いた。そして、電話線を引き抜いた。

静かになった事務所に、サトウさんの声が響いた。「録音、送っておきますね」

すべては録音されていた

証拠は残る。沈黙すらも。

登記識別情報に隠された罠も、無言電話の主の動機も、すべては音として保存されている。

私は、司法書士である前に、人として「正しい選択」ができたかどうか、それだけを信じていきたい。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓