依頼は一本の電話から始まった
午後三時を少し回ったころ、事務所の電話が鳴った。受話器を取ると、男の低い声が「登記について相談したいことがある」とだけ言って切れた。番号は非通知、名乗りもしない。
「なんだよ、サザエさんのエンディングみたいに突然かけてきて、すぐ終わりかよ」と愚痴をこぼしながらも、どこか胸騒ぎがしていた。こういう妙な始まり方の依頼ほど、後々面倒になる。
名乗らない相談者の声
翌日、同じ声の男が突然事務所に現れた。名刺も出さず、ただ「この公正証書に問題があるように思うんです」とだけ言った。差し出された一枚のコピーには、公証役場の印と二人の証人の署名があった。
「名前が二つ、でも証人欄が空白になってるように見えますね」とサトウさんがすぐに指摘する。私はすぐに老眼鏡をかけて見直した。確かに、微妙に筆跡のバランスが変だった。
謎の依頼内容と登記簿の違和感
依頼者が主張するには、この公正証書に基づいて登記が行われ、財産の名義が変更されたらしい。だが、登記簿には証人名が一致しない部分があり、どこかで改ざんがあったようだ。
「これ、コナンくんだったら15分で解決してるぞ」と言うと、サトウさんは「あなたには15日でも足りないかもしれませんね」と即答。塩対応にも慣れたが、少し刺さる。
サトウさんの冷静な分析
「証書の日付と登記完了のタイミングが妙に近すぎますね」とサトウさんが言う。確かに、公正証書作成の翌日に登記が完了している。これは、事前に段取りが整っていた証拠だ。
彼女の指摘はいつも核心を突く。まるでキャッツアイの瞳のように、細部を逃さない。
見逃されがちな契約日付
証書には二つの日付が印刷されていた。一つは契約成立日、もう一つは証人が署名したとされる日。だが、その日付の間に休日が挟まっており、公証役場が開いているはずがなかった。
「なるほど、これじゃあ実在する証人が実際に立ち会ったとは思えませんね」と私は言いながら、ますます興味が湧いてきた。
矛盾する証人欄の名前
証人の名前は確かに存在する人物だったが、その一人がすでに数年前に他界していたことが判明した。「死人が証人とは、ルパン三世でもやらないトリックだな」と私はつぶやいた。
サトウさんは「やれやれ、、、それでも登記は有効なんですよね」とため息混じりに呟いた。
公証役場での聞き込み
私は直接、公証役場を訪れた。担当だったという公証人はすでに退任していたが、代わりに応対した事務員が「確かにその書類は一度問題になったことがあります」と話してくれた。
どうやら、当時から筆跡や印影の件で内部でも疑問があったが、正式な異議申し立てがなかったため、そのまま処理されたという。
公証人の不在と押された印影
公正証書の印は、公証人本人のものとされていたが、その日本人は出張中で不在だったという情報が出てきた。代わりに押した人物が誰かは、明かされていない。
「うっかり押し間違えたってレベルじゃないなこれは」と私はつぶやき、サトウさんの目が鋭く光った。
証人のひとりが語った違和感
生存しているもう一人の証人に連絡を取った。彼は「あの日は何も知らずに書類にサインした」と言い、明らかに何かを恐れていた。誰かから圧力があったのかもしれない。
私は彼の震える手元を見ながら、ますますこの事件が単なる書類ミスではないと確信した。
過去の登記記録からの糸口
私は過去10年分の登記記録を調べた。すると、今回と似たような公正証書を使って名義変更された案件がいくつか見つかった。そのすべてに、同じ証人の名前が登場していた。
「これはただの偶然じゃないな、、、」私は独り言をつぶやいた。
似たような登記案件の存在
3件、5件、そして最終的には12件。すべてに同じ署名、同じ形式の文言。明らかにテンプレート化された偽装だ。しかも、いずれも被害者側は高齢の個人名義ばかりだった。
「まるで幽霊に署名させてるようなもんだな」と苦笑しながらも、怒りがこみ上げてきた。
司法書士ネットワークの噂
サトウさんが「業界の掲示板で、匿名の内部告発があったそうです」と情報を持ってきた。そこには、ある司法書士が公証人と結託し、不正な登記を行っていたという噂が書かれていた。
私は背筋に冷たいものを感じた。同業者がそんなことをしていたなんて、絶対に許せない。
もうひとりの証人を追って
本当の証人は誰だったのか。その答えを求めて、私は登記関係者をひとりずつ当たっていった。そしてある日、ひとりの元社員が「その書類、私が書かされました」と証言した。
「やっぱりな」と思いつつ、サトウさんに報告すると、「だから言ったでしょ」とだけ返された。
元社員が語った真相の一端
元社員の話では、上司に命じられ、他人名義で署名をし、公証人の印を借りて押印したとのことだった。組織ぐるみの犯行で、複数の登記が同様の手口で処理されていたという。
「偽証人というより、偽装作業員ですね」とサトウさんが冷ややかに言った。
決定的な証拠はどこにあるのか
元社員の証言を裏付けるため、私は旧事務所に保管されていたデータを入手した。その中に、署名前と署名後のPDFが保管されており、編集履歴が決定的証拠となった。
ようやく、すべてのピースがそろった。
やれやれ、、、犯人はあの人だった
最終的に、この一連の不正はあるベテラン司法書士が主導していたことが判明した。彼はかつて公証役場にも籍を置いており、内部事情を熟知していた。
「やれやれ、、、同業者が相手だと、気分が悪いもんですね」と私はつぶやいた。
公正証書に仕込まれた嘘
その男は、正当な手続きに見せかけて、弱者の財産を奪う仕組みを作っていた。公正証書を偽ることで、第三者の介入を防ぎ、確実に自分の思い通りにする。
「証書が正義の証だなんて、誰が決めたんだろうな」と私はつぶやいた。
証言しなかった本当の理由
あの証人が沈黙していたのは、単なる恐怖ではなかった。彼もまた、過去に加担していたことがあったのだ。良心の呵責と罪悪感が、言葉を奪っていた。
最後には涙を流しながら、過去の証書を差し出してきた。それが決め手となり、事件は収束した。
サトウさんの無言のツッコミ
「ま、今回はうまく収まりましたね」と私が言うと、サトウさんは「珍しくちゃんと活躍したじゃないですか」とだけ返した。彼女の口調には、わずかながら褒めのニュアンスがあった。
私が照れて黙っていると、彼女は「でも次はちゃんと最初に気づいてください」と釘を刺してきた。やれやれ、、、
それでも書類は正しくあるべき
正しさは時に見えにくい。だが、我々司法書士の役割は、そこを見逃さないことだ。小さな違和感が、大きな不正をあぶり出す。
「地味だけど、こういう仕事が一番性に合ってるかもしれないな」と、私は独り言をつぶやいた。
そして日常に戻る司法書士事務所
事件は解決し、また平穏な日常が戻ってきた。机の上には、山積みの登記申請書類。やれやれ、、、こっちのほうがある意味恐ろしい。
そのとき、事務所の電話が鳴った。「また妙な依頼かもしれませんよ」とサトウさんが言う。私は苦笑しながら受話器を取った。