はじまりは一枚の登記簿から
依頼人が持参した奇妙な土地情報
「これ、どうもおかしいんです」
依頼人の初老の男性が机の上に広げたのは、数十年前に取得された山林の登記簿だった。
一見すると何の変哲もない農地だが、地目欄には「宅地」と書かれている。しかも、住所は誰も住んでいない山奥だった。
「農地」か「宅地」か──地目の違和感
「地目が宅地? それにしては水道も電気もない」
私は頭をひねりながら登記簿を眺めた。法務局で閲覧できる情報と照らし合わせても、この地目変更には何か裏があるように思えた。
サトウさんなら、もっと何か気づくかもしれない。
サトウさんの冷静な指摘
字面ではなく記録を読む女
「シンドウさん、これ、昭和の字ですね。筆跡が変なんです」
サトウさんが淡々と指差したのは、地目変更申請の記録。よく見ると、申請者の筆跡が他の部分と微妙に異なっていた。
「こういうところが手がかりなんですよ」と言う彼女に、私は内心舌を巻いた。
境界線と古い謄本のズレ
彼女が取り出した古い謄本と、現在の登記簿を重ねると、そこには不自然な境界のズレがあった。
分筆の履歴が記録に残っていないのに、隣接地と地番の境がズレていたのだ。
「これ、もしかすると地積測量図が改ざんされてるかもしれませんね」――まるで探偵漫画のように彼女は言った。
現地調査に向かうシンドウ
道に迷い汗だくで山林を彷徨う
現地に向かった私は、案の定、迷った。
「やれやれ、、、昔は野球部で足も速かったんだが」
荒れた山道を登りながら息を切らせ、ようやく問題の土地にたどり着いたとき、私は汗で背広を台無しにしていた。
現地に立つ不審なプレハブ小屋
目の前に現れたのは、登記には記載されていないプレハブの建物。
ドアには鍵がかかっておらず、中には古い工具と空の登記申請書の控えが雑然と散らばっていた。
私は不意に背筋が寒くなった。「誰かがここを使っていた」――しかも、最近まで。
登記簿に潜む最初の嘘
変更された地目が示す過去の改ざん
地目の変更は10年前に申請されていたが、土地はそれ以前と何も変わっていなかった。
「形式だけの宅地化だな……」
不動産価格を釣り上げる目的で行われるこの手の手法に、私は過去何度も出会っていた。
死亡した名義人と法務局の不備
申請者として記載された人物は、申請日より前に死亡していた。
つまり、誰かが故人の名前を使って虚偽の申請をしたことになる。
「法務局も気づけよ……まったく」と私はため息をついた。
浮かび上がる相続の影
隠された分筆と無届の名義変更
さらに調べると、当該土地の一部がこっそりと分筆され、別人の名義になっていた。
その人物は依頼人と疎遠だった親族。
どうやらこの土地を売るために、書類を偽造して事を進めていたようだった。
「誰かが意図的に地目を操作している」
「全部、金のためですね」
サトウさんの冷静な言葉が、現場の静けさに妙に響いた。
宅地にすれば価値が上がる、それだけの理由で虚偽の手続きが行われたのだ。
再びサトウさんの推理
登記申請書の癖字が告げる犯人像
彼女は持ち前の観察力で、筆跡の癖に注目した。
「この“宅”の字のクセ、前に見たことあります」
彼女が示したのは、以前相談に来た元司法書士の署名だった。
「宅地」に変えられた理由と売買契約書の空欄
売買契約書には価格が記載されていなかった。しかも、買主の欄が空白になっていた。
「登記だけ先に動かして、買主を後から埋める気だったんでしょうね」
――手慣れた手口に、私はぞっとした。
二つ目の嘘が明らかに
偽装された通行権と消えた里道
元々存在した里道が地図から抹消されていたことも判明した。
「通行できない土地に宅地の価値なんてないさ」
それでも売ろうとしていた――それが二つ目の嘘だった。
やれやれ、、、泥沼の土地トラブルか
土地の謎を追うたびに出てくる人間の業と欲。
私は肩を落としながらも、やはり逃げるわけにはいかなかった。
「もう少し調べて、警察に繋ごう」私はそう決意した。
追い詰めた先に待つ真犯人
登記の裏で動いていた「元司法書士」
その人物は3年前に業務停止処分を受けていたが、裏で地元の不動産業者と結託していた。
「地目変更でひと儲けしてやろうって魂胆か」
だが、私とサトウさんに見つかるあたり、詰めが甘い。
真犯人が仕掛けた登記簿の罠
巧妙に改ざんされた登記簿は、まさに「読ませるための罠」だった。
見る人が見なければ、誰も疑わない構成。
だが、サトウさんの目と、私の鼻がそれを嗅ぎ取った。
最後の一手と逆転の決め球
シンドウの元野球部魂が炸裂
「ここだ!」私は思わず声を上げた。
古い航空写真と登記簿の年次を照らし合わせると、整合性が崩れている部分が浮かび上がった。
「三遊間の抜け球みたいなもんだな……見逃さなかったぜ」
偽造を証明する「もう一枚の地図」
決定的証拠となったのは、市の土木課に保管されていた手書きの古地図だった。
そこには里道と農地の記載があり、現在の地目と一致しない。
これが「二つの嘘」を崩す一手となった。
事件の終幕と地目が語る真実
土地は語らない だが記録は嘘をつかない
「登記ってのは、やっぱり正直だよな」
私は書類の山を見下ろして呟いた。
どれだけ偽っても、どこかに必ず辻褄の合わない部分が残る。
シンドウとサトウの静かな夜
事務所に戻ると、サトウさんは何事もなかったかのようにお茶を淹れていた。
「まだまだ書類、山積みですよ」
私は心の中でつぶやいた。「やれやれ、、、地獄のような日常に戻るか」