境界に消えた男

境界に消えた男

依頼人は風のように

午後三時の来訪者

冷たい風が玄関ドアの隙間から入ってきた頃、男は現れた。 スーツの裾がくたびれ、髪も整っていないが、目だけが妙に落ち着いていた。 「兄が消えました。道の途中で」それだけ言って、男は座った。

紛れもない焦燥感

依頼の内容は奇妙だった。山のふもとの実家に帰省した兄が、散歩に出たまま戻らないという。 警察は山林遭難の可能性も視野に入れていたが、依頼人はそうは思えない様子だった。 「兄は境界を越えたんです」と男は意味深な言葉を残した。

法定外公共物の罠

登記に載らぬ通り道

現地調査を進めるうちに、不思議な土地に突き当たった。 地図には載っていない、しかし地元住民が使ってきた「道」。いわゆる法定外公共物だった。 これが、事件の中心にある気がしてならなかった。

旧里道の複雑な歴史

役所に問い合わせても、その道の扱いは「不明」とされた。 昭和期に廃道となった記録もあれば、地元の古老が「戦前から通ってた」と語る証言もある。 雑種地、里道、赤道…呼び方だけがあって、管理者は曖昧だった。

失踪したのは誰か

家族の証言の食い違い

依頼人の弟、妹、叔父と話を聞くにつれ、兄の人物像が曖昧になっていく。 まるでそれぞれの記憶に、別々の兄が存在していたかのようだ。 行方不明者の輪郭が、次第に霞んでいった。

サトウさんの冷静な指摘

「境界線にこだわる人ほど、過去にこだわるものです」 サトウさんがメモを走らせながら言った。 彼女の推理は、いつも書きかけの推理漫画のように整っていた。

境界確定の壁

境界線上の人間関係

調査の中で隣接地の所有者とも接触したが、どうも話が食い違う。 「道なんて、もう存在しない」と断言する人もいれば、「今でも通ってる」と言う者もいた。 法的な境界と、人々の記憶の中の境界は違うようだった。

元野球部の勘が働く

「ここの草、変に踏まれてるんだよな…」 昔取った杵柄というやつで、守備位置のクセで人の通った痕跡が気になった。 サトウさんに呆れられながらも、ぼくはその痕跡を追った。

公図と現実のズレ

それは数十年前の測量ミス

登記簿と地積測量図に明らかなズレがあった。 一部の土地は、本来の位置から数メートルずれて登記されていたのだ。 小さな誤差が、大きな誤解を生んでいた。

曖昧なままの小道

その小道は、法的には「存在しない」。 だが現実には確かに踏み固められ、消えかけの看板すらあった。 そこに、依頼人の兄が最後に姿を現したという。

ある司法書士の回想

若かりし頃のミス

昔、僕が関わった土地の境界確定があった。 その際、似たような地目の扱いで、境界の誤認を見逃してしまったことがある。 あの時も、見えない線が人を追い詰めた。

眠れぬ夜と過去の後悔

「やれやれ、、、」寝つけぬ夜、ふと呟いた。 過去の出来事と今回の事件が、僕の中で重なっていた。 もしかして、あの兄もまた、見えないものを探していたのかもしれない。

ヒントは「雑種地」

登記簿にない土地

雑種地――その存在が事件の鍵を握っていた。 公共にも私有にも属さない曖昧な空間。そこに兄は立ち入ったのだ。 そして、何かに気づいたに違いない。

匂わせるような置き手紙

古びたポストに、誰かが残した封筒があった。 中には、「道の終わりにて」とだけ記された紙。 それは兄の筆跡だった。

やれやれ、、、また変な方向に

サザエさん一家でも迷子になる

「この地図、カツオでも泣きながら帰ってくるレベルですよ」 サトウさんの乾いた冗談が刺さる。 確かに、この土地の境界は、波平でも怒鳴りそうな複雑さだった。

役所と警察の間を行き来する日々

法務局、市役所、警察署を何往復もした。 それぞれの管轄と担当が異なり、情報がうまく繋がらない。 事件の輪郭が、またぼやけていく気がした。

境界線上の真実

まさかの証言

近所の老婆が、ぽつりと語った。 「見たよ、あの兄ちゃん、道の端っこで誰かと揉めてた」 その相手は、隣地の所有者だった。

隣人の沈黙の理由

彼は「知らない」と繰り返した。だがその視線が泳いでいた。 調査の結果、土地の不法占拠があったことが判明した。 兄は、それに気づいてしまったのだ。

真相と結末

男はなぜ境界で消えたのか

兄は自ら姿を消した。脅され、あるいは自ら避けたのか。 曖昧な境界の中に、意図的に埋もれていった。 雑種地に足跡だけを残して。

再登場と置き去りの真意

一ヶ月後、兄はふらりと戻ってきた。 「道がなくなったから、戻れなくなっただけさ」それだけ言って笑った。 誰もが苦笑する中、サトウさんだけは目を細めていた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓