朝の一通の電話
見慣れた依頼書に潜む違和感
電話の主は、地元ではそれなりに知られた不動産業者の佐久間だった。 「シンドウ先生、例の土地の所有権移転、嘱託でお願いしたいんですよ」 軽快な声とは裏腹に、届いた申請書にはどこか、ざらついた違和感があった。
嘱託登記という名の依頼
「ただの手続き」にしては不自然な点
形式的にはまったく問題のない書類の束。 にもかかわらず、委任状の日付が奇妙にズレていることに気づいた。 しかも、添付された嘱託文には、申請人本人が登場しない。
サトウさんの冷たい一言
「それ、本当に依頼人が書いたんですか」
パソコンの前で腕組みするサトウさんが、眼鏡の奥からぼそりと呟いた。 「筆跡、前に見たのと違う気がするんですけど」 言われて比べてみると、確かに以前の委任状とは文字の癖が違う。
登記原因証明情報の中の矛盾
日付と意思の不一致
登記原因証明情報の日付が、被相続人の死亡日より前になっていた。 そんなことはありえない。死んだ人間が贈与することはできない。 ただの誤記か、それとも何かを隠すための意図的な仕掛けか。
消えた申請人
法務局にも現れず 連絡もつかない
申請書には記載されていた携帯番号も、ずっと圏外。 住民票の住所に行っても、そこには既に誰も住んでいなかった。 不動産屋に聞いても「代わりに預かっただけ」との一点張りだ。
訪れたアパートに残された違法コピー機
筆跡と印鑑が語る別人の存在
旧式のアパートの一室に残されていたのは、使用済みの印鑑マットと、 大量の白紙の委任状と偽造印影の練習紙。そして一台の複合機。 あまりに雑な偽造に、逆に背筋が寒くなった。
過去の登記との一致
同一筆跡による複数の嘱託登記
調査を進めるうち、別の不動産名義変更にも酷似した筆跡が見つかった。 サトウさんが自作のOCR検索で引っ掛けたのだ。 「やっぱり同じ人が書いてますね、これ」 得意げな顔の裏に、わずかな憤りも見えた。
元登記官との再会
封印された記録と不自然な抹消登記
退職した元登記官、寺本と喫茶店で落ち合った。 「えっ、またあの名前? あれ、昔もトラブったんだよね」 当時処分されたはずの嘱託が、なぜか再登場していた。
真犯人の影と動機
嘱託登記を利用した地上げの手口
依頼人を装って嘱託をかけ、不在者財産管理制度を使い占有実績を偽装。 法務局のシステムを逆手に取った、悪質な登記乗っ取り。 その裏には、地元で急拡大する開発業者の影があった。
シンドウの逆転の一手
法務局提出前の差し止め申請
提出直前、私は地方法務局に申し出た。「この登記、しばらく保留に」 提出された委任状に不備の可能性があると指摘し、慎重審査を依頼。 それが功を奏し、偽造登記は受付簿に載る前に止まった。
やれやれ やっぱり俺が動くことになる
後処理に追われながら ため息混じりの一言
事件が収束した頃には、机の上は再提出の書類の山。 「やれやれ、、、もうちょっと静かな週末を期待してたんだけどな」 誰に聞かせるでもなく、ぼそっと呟いた。
静かな昼下がりの事務所
サトウさんの冷たいお茶と一言
「まぁ先生が止めなきゃ、登記されてたんですよね。危なかった」 サトウさんが湯呑みを差し出しながらも目はパソコンの画面に。 「あの不動産屋、二度と来ないといいですね」 はいはい、次の事件がもう近くに来てる気がするよ。