登記簿が語る家族の秘密

登記簿が語る家族の秘密

ある遺産相談から始まった

突然の訪問者と古びた権利証

真冬の寒さが残る午後、事務所の扉をノックしたのは、年の頃五十代半ばの男だった。厚手のコートの袖から、くたびれた封筒が覗いている。差し出された封筒の中には、昭和の香りがする古い権利証が入っていた。

曖昧な依頼内容に感じた違和感

「兄が亡くなったので、相続登記をお願いしたいんです」と男は言った。だが、具体的な続柄や経緯を尋ねても、話はどこか歯切れが悪い。名義変更を急ぐ理由を聞いたところで、なおさら疑念が増すばかりだった。

亡くなった兄と名義の謎

登記簿に記載された不自然な移転

法務局から取り寄せた登記簿を見て、私は思わず声を漏らした。亡くなったとされる兄の名前が、数年前にすでに現在の依頼人に所有権移転されていたのだ。しかも、贈与や売買の記載は一切ない。

法定相続とは異なる現実

仮に贈与であったとしても、登録免許税の納付記録もなければ、贈与契約書も見当たらない。兄が生前に譲ったというには、根拠があまりにも曖昧だった。「この名義移転、いつされたんですか?」サトウさんが静かに問いかけた。

資料の裏に隠された名前

旧姓が語る過去の断絶

依頼人が持参した戸籍の束には、ひとつだけ異なる筆跡の戸籍謄本が混ざっていた。兄の戸籍ではなく、まったく別の女性の旧姓と改製原戸籍がそこにあった。それは「母親の再婚」によって隠された一枚だった。

筆跡鑑定と認印の落とし穴

さらに確認のため、登記に使われた委任状の筆跡を専門家に依頼すると、驚くべき結果が返ってきた。「この筆跡、依頼人と同一人物ですね」私は椅子に寄りかかり、サザエさんの波平のように頭を抱えた。

サトウさんの冷静な分析

登録免許税の動きから見えた金の流れ

「この移転、免許税が納付されてないというより、そもそも申請自体が異常ですね」パソコンを睨みながらサトウさんはそう言った。どうやら当時、法務局に持ち込まれた書類の一部が手作業で処理された痕跡がある。

この人ほんとに兄だったんですか

「名字も違うし、続柄の説明も曖昧。そもそも本当に兄だったのか怪しいです」私はその一言に、背筋がゾワリとした。ここに来て、相続登記という名目すら揺らいでいる。やれやれ、、、普通の案件のはずが、またこれか。

一通の手紙がもたらした衝撃

封筒に残された消印の意味

依頼人が置き忘れた封筒に、平成初期の消印があった。宛名は確かに現在の土地の所有者となっている人物だが、差出人は「弟」と記されていた。中には「これで最後にする」とだけ書かれた短い手紙。

差出人の名前ともう一つの家族

手紙の差出人の名前を検索してみると、別の県で数年前に死亡している人物の死亡届がヒットした。その本籍地を確認すると、驚いたことに土地の名義人とは血縁関係にないことが分かった。名義移転の目的は一体……。

偽りの相続と消された出生

登記が示す血縁なき繋がり

調査を重ねると、依頼人は実の兄弟ではなく、養子縁組を偽装していた可能性が浮上した。昭和の終わりに交わされた縁組届の写しには、市役所職員の訂正印がいくつも押されていた。

なぜ今さら相続登記をしたのか

真相は単純だった。依頼人は土地を売却するため、正式な名義と法的根拠が必要だったのだ。だが、兄が亡くなったというのは偽りで、本人は数年前から行方不明のままだった。

やれやれと漏らした疑惑の本丸

法務局職員の記憶と補正申出書

「この補正、私が担当しました。たしか、本人確認が不十分で後から指摘されたんです」法務局の窓口で聞いた一言に、全ての糸が繋がった。補正申出書には、依頼人の自署が記されていた。

不動産ではなく家族を守った嘘

依頼人は偽装によって土地を守ろうとした。彼にとってその土地は「家族の象徴」だったのだ。捨てられた子として育った彼にとって、それが唯一の「帰る場所」だったのかもしれない。

真実と向き合う依頼人

父の遺志と名前を継ぐ意味

全てを明かしたあと、依頼人は「それでも、ここに父がいた証だけは残したかったんです」と言った。真実を隠すための嘘ではなく、誰かを守るための嘘だったのかもしれない。

登記簿が導いたひとつの和解

私は事情を整理し、司法書士としてできる範囲での是正登記を提案した。「家族って、血じゃなくて覚悟なんですね」そう言って依頼人は深く頭を下げた。登記簿の行間に、誰にも見えない家族の物語があった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓