メールを開いた瞬間に心が折れる朝
パソコンの電源を入れて、最初にやるのはメールチェック。たかがメール、されどメール。件名の羅列がズラリと並んで、未読が35件と表示された瞬間、朝の清々しさは一気に吹き飛ぶ。コーヒーを入れようとしていた手が止まり、ため息が漏れる。「これはただの事務所なのに、なぜこんなにも連絡が来るんだ…」そんな気持ちが頭をよぎる。結局、すぐに着手せざるを得なくなり、1件ずつ開いて返信を考えるうちに、あっという間に1時間が消える。メールに追われる朝は、まるで試合開始前にノックを延々と続けてるような気分だ。
未読の数字が示すプレッシャー
メールの件数って、まるでスコアボードの失点みたいに感じる。昨日の夜に返したはずなのに、今朝には倍返しのように届いている。「見積もりの再確認」「書類の修正依頼」「先日の件ですが念のため…」などなど。急ぎじゃないのに「念のため」がついているだけで、放っておけない心理になるのがまた厄介。未読の数字が減らないと、なんだかミスをしているような気になってしまう。これがひとり事務所のつらさだ。誰も代わりにチェックしてくれないし、誰も「これは後でいいですよ」とは言ってくれない。
依頼じゃなくて確認ばかり
最近のメールって、何かを頼まれるというより、ほとんどが「これで合ってますか?」という確認ばかり。たとえば、法務局に出す前に念のため見てほしいとか、依頼者から「この登記情報、前と変わってないですよね?」とか。結局、書類は添付されているし、見直すのに10分はかかる。でも、返信は「はい、問題ありません。」の一文で済んでしまうことが多い。その「はい」のために10分を費やす。割に合わないなと思いつつも、放置できないのが僕の悪いクセかもしれない。
返信しても感謝されない
さらに虚しいのが、そういう確認メールに律儀に返信しても、大体は「既読スルー」状態。こっちが時間を使って目を通し、ちゃんと確認して送った返信にも「ありがとうございます」の一言もないことが多い。「司法書士なんだから、それが仕事でしょ」と思われているのかもしれない。でも、それが毎日続くと、人間だもの、少しは認めてもらいたいなという気持ちにもなる。せめて「助かりました」とか、そんな言葉だけでももらえたら、まだ報われるのに。
メールは仕事のスタートじゃなくて足かせ
本来なら朝の時間って、頭が一番冴えているから、複雑な登記の案件とか、文章作成とかに使いたい。でも実際は、メールの山に時間と集中力を持っていかれてしまう。やっとメールが落ち着いたと思ったら、もう10時過ぎ。そこから本来やるべき業務に着手しても、集中力は半減している。メールは仕事のスタートではなく、むしろ「最初のハードル」。これを超えないと何も始められないが、超えた頃には息が切れている。
朝のルーティンがすでに崩壊している
本当は朝7時半に起きて、8時に簡単な掃除とメール確認、8時半から書類整理…というのが理想の流れ。でも実際は、メールだけで想定を大幅に超えてくる。朝のルーティンなんて、絵に描いた餅だ。気づけば9時になっていて、事務員さんが出勤してきて「あ、おはようございます」って声をかけられる。それすらプレッシャーに感じるほど、心の準備ができていない。
本来の予定はどこへやら
その日やろうと思っていた仕事のToDoリストがあっても、メールに1時間取られるだけで全部狂ってくる。例えば「今日は午前中に申請書を3件書こう」と思っていても、気づけば午前中はメールと電話の対応で終了。午後はもう集中力が落ちてきて、午前中の分を取り戻せずに終わる。こうして日々がズレていく。予定を立てる意味がない、と思ってしまう自分がいる。
コーヒーが冷めるまでに返信終わらない
毎朝、インスタントコーヒーを入れるのがささやかなルーティンなんだけど、最近はそのコーヒーがいつも冷めてる。メールを開いてから10分以内で終わらせようと思ってるのに、結局「ちょっとだけ返信してから飲もう」が延々と続いてしまって、気づけば湯気が消えてる。冷えたコーヒーってなんだか味気ない。まるで、自分の気持ちまで冷めてるみたいで、余計に落ち込む。
頭が働く時間帯が潰れていく
人間の集中力にはピークがある。朝の9時から11時くらいが一番効率がいいと言われているけれど、まさにそのゴールデンタイムを僕はメールに費やしている。午後になると、眠気や疲れで思考力が落ちてくるから、集中して何かを考えるには不向き。だからこそ、朝の時間をどう使うかが鍵なのに、その時間をメールに取られている現実。効率の良い働き方って、どうすれば実現できるんだろう。
事務員さんの「来ましたよ」すら焦る
事務員さんが出勤してきて、「おはようございます」と声をかけてくれる。その瞬間、「あ、もう9時か」と現実に引き戻される。何か指示を出さなきゃいけないのに、自分がまだメール対応で精一杯。表面上は「おはよう」と返しつつ、頭の中では「まだあのメールの返事してない…」「あの資料どこにあったっけ…」と混乱状態。朝から置いてけぼりを食らってるような焦燥感が続く。
そもそも司法書士にここまでメール要るのか
昔は電話一本で済んでいた案件が、今はまずメールで「内容確認」「事前連絡」「意思の擦り合わせ」…と段階が増えた。記録が残るという意味ではメールの方が便利かもしれない。でもそれって、本当に必要なんだろうか。正直、司法書士って「すぐ返信が来る専門職」みたいな期待をされがちで、それがプレッシャーになっている気がする。もっとシンプルに、もっと信頼ベースでやり取りしたいのに。
形式的なCC地獄
関係者全員に情報共有、という名のもとに、CCに10人くらい入ってるメールが届く。「この内容についてご確認ください」と書かれていて、実質自分に向けられている内容。でも、CCに他の人がいるから、無視はできない。全員が返信を見る可能性があるから、言い回しにも気を遣うし、誤字脱字も許されない。形式だけで時間を取られ、内容以上に疲れるのがこういうメールの厄介さ。
誰のための確認なのか分からない
送られてくるメールの中には、「とりあえず司法書士に確認しておけば安心だろう」的な空気が漂っているものがある。別に僕が決定権を持っているわけでもないのに、ただの安全確認として使われている感じ。万が一ミスがあっても「司法書士がOKと言いましたから」と言えるように、責任逃れの保険にされている気がする。そこに誠実さはないし、なんだか使い捨ての道具になったような気分になる。
メールにしか出てこない関係者たち
面白いことに、メールにはよく名前が出てくるのに、実際には一度も顔を見たことがない相手が多い。どんな人なのか、年齢も口調も分からないまま、メールだけでやり取りする。それなのに、こっちには気を遣った文面や、丁寧な対応が求められる。相手の温度感が分からないまま対応するのは、まるでマスク越しにキャッチボールしているようで、いつも変な力が入ってしまう。
電話の方が早いのに
正直、メールよりも電話の方が話が早いことも多い。ちょっとした確認なら、5分話せば済むのに、それを10往復のメールでやりとりしてしまう。しかもメールだと、タイムラグがあるから、返信が翌日になったりもする。その結果、「確認が遅れて進まなかった」という事態も起こる。なんのための効率化なのか分からなくなる瞬間がある。