電話が鳴るたび肩が跳ねるのはもう癖になってしまった
朝の静寂を破る着信音
「ジリリリッ!」
その音は、まるで地雷のスイッチ音のように私の神経を引き裂く。
静かな朝の事務所。窓の外ではスズメが軽やかにさえずっているというのに、室内ではたった一つの音がすべてを打ち消す。
「出ましょうか?」
頭の切れる事務員、サトウさんが言う。私は思わず首をすくめた。
静かだった事務所に響くあの音
あの音はトラウマだ。司法書士になってからというもの、電話の向こうに待っているのは、たいてい「トラブル」だ。
まるで、サザエさんの波平がリモコンを探すように、どこか焦りと怒りが混ざった空気が漂う。
思わずサトウさんと目を合わせる
「シンドウ先生、また“アレ”っぽいですよ」
彼女の言う“アレ”とは、めんどうな依頼、もしくは過去の因縁系である。
私は小さくため息をついた。「やれやれ、、、」
反射的に手が動く職業病
電話を取るとき、私は左手の薬指に力を入れてしまう。かつての野球のクセか、はたまた司法書士としての防御反応か。
とにかく、もう完全に“職業病”だ。
電話の向こうの沈黙に潜む違和感
いつもの登記相談のはずが
「……あの、登記の件で……」
男の声だ。だが不自然に言葉を選んでいる。
事務的なトーンではなく、何かを探っているような、慎重すぎる間。
名乗らない依頼者と不自然な間
普通は名前を言う。いや、名乗らないのは何かを隠している証拠だ。
「失礼ですが、お名前をうかがっても?」
「……ヒガシヤマです」
嘘だ。私は一瞬で分かった。そんな名前、登記簿のどこにもない。
どこかで聞いたことのある声
この声、どこかで聞いた。いや、忘れたい記憶の底に沈んだはずの名前と声。
まさか——
たどたどしい依頼と不可解な土地
不一致の登記簿と地番の食い違い
彼の指定する地番を調べると、見事に書類上の土地と現地の住所が一致しない。
おまけに、その土地は数年前に所有権移転が済んでいる。第三者の手に。
地元民なら知っているはずの名称
「この“おだんご坂”をご存じない? 地元の方ですか?」
問い返すと、電話の向こうで一瞬詰まる音がした。やはりだ。
サトウさんが指摘した一点の違和感
「この地番、数年前の相続事件のときに扱いましたよね?」
サトウさんが引き出しから古いファイルを出してくる。
私は首肯する。思い出した。あの事件の被相続人の弟——声がそっくりだった。
やれやれという言葉が口をつく午後
疲れの溜まる水曜日の午後
午後になると、目の下にクマを感じるようになってくる。
サザエさん一家が全員カツオになったような一日だ。次から次へと騒動がやってくる。
昼食のカップ麺にしみる虚しさ
「今日、野菜足りてませんよ」
サトウさんに指摘されながら食べるカップ麺。スープが胃に染みる。
ふと手帳のメモに目が留まる
手帳のすみに書かれた「ヒガシヤマ 相続 放棄→破産手続」
その横に、細く線が引かれていた。——気づくべきだった。
真実を包む封筒と旧友の名前
数年前の事件との繋がり
あの件だ。あのときの債権者の一人、ヒガシヤマ。
弟は財産がないと聞いていたが、実は一部が隠されていた。
サトウさんが見つけた旧資料
「この封筒、押収資料に紛れてましたよ」
中には未提出の相続届と、メモ。「誰にも言うな」とある。まるで探偵漫画の演出だ。
自分の過去と交差する記録
野球部時代、何度も対戦したあの男の名前。
ヒガシヤマ——思い出した。あいつ、補欠だったが執念深かった。
電話が鳴るその前に動け
静かに張り巡らせた伏線
私は手早く警察に連絡を取った。証拠資料と録音を送り、経緯を説明する。
地元警察との連携プレイ
警察はすぐに動いてくれた。彼は資産隠しの再登記を狙っていた。
あわよくば、私の署名を偽装して書類を作るつもりだったらしい。
野球部時代の仲間が登場
「あんたがあのシンドウか。変わらないな」
取り調べ中にヒガシヤマが言ったらしい。
「やれやれ、、、」ほんと、変わらないのは私もかもしれない。
最後の電話が告げるもの
録音された音声と犯人の正体
電話の録音が決め手になった。詐欺未遂、文書偽造未遂、公正証書原本不実記載未遂——
もう少しで被害者になるところだった。
声の主の正体と動機
彼は“やり直したい”と言った。兄の遺産を諦めきれなかったのだ。
ただ、法と記録はそれを許さない。
登記をめぐる執念の末路
私は電話を置き、肩を回した。
そして、また電話が鳴った。
私は一瞬、肩を跳ねさせた。
でも次の瞬間、もう一度受話器を取る自分がいた。