靴下の片方は法務局に眠る

靴下の片方は法務局に眠る

靴下の片方は法務局に眠る

その朝、僕の事務所に届いた封筒には、なんとも言えない生活感のある臭いがこもっていた。封を開けると中には、片方だけの靴下と短い手紙。
「この土地は私のものです。時効取得の権利があります」
名前もなく、連絡先もない。まるで、どこかの探偵漫画の導入のようだった。

朝の事務所に届いた匿名の封筒

いつもより早く出勤していたサトウさんが、その封筒をポンと僕の机に置いた。彼女は眉一つ動かさず、「ゴミかと迷いました」とだけ言って、すぐにパソコンに向き直る。
差出人不明の封筒というだけでも気味が悪いのに、中身は片方だけの靴下と、法的主張らしき走り書き。
まるでふざけている。けれど、僕は妙な違和感を覚えた。

破れた封筒の中身はくたびれた靴下だった

くすんだ青のストライプ柄で、よく見れば小さく「M.Y.」と刺繍がされている。
誰かのイニシャルだろうか。それとも、ブランドか?
この靴下が、土地の所有権を主張する鍵だというのか。冗談にしては気味が悪すぎる。

一枚のメモに記された時効取得の文字

メモは簡素だが法的な言葉遣いをしており、明らかに素人の手によるものではない。
「占有継続は20年。隣地所有者の黙認。以上より、所有権移転登記を希望する」
誰かが、真剣にこの靴下を証拠に使おうとしているのか?やれやれ、、、

どうでもいい話だと笑うサトウさん

「またイタズラですかね」とサトウさんが冷たく言い放つ。彼女は何かを見抜いたように、さっさとゴミ箱へ手を伸ばしかけたが、僕は慌てて止めた。
「いや、これ、登記絡みの匂いがする」
根拠はない。けれど、うちに来る手紙にしては、少しだけ異常だった。

それでも引っかかる登記識別情報の不一致

封筒に同封されていた登記識別情報の控えは、明らかに偽造されていた。
文字のにじみ、日付のフォントの違和感、そして何より所有者の氏名が現地と違う。
だが、記録は確かに3年前、変更された形跡があった。

靴下があった場所は十年前の境界線だった

この地番、たしか以前は境界でもめた土地だ。
当時の記録を引っ張り出すと、土地の持ち主は「山本」氏。その名は、靴下の刺繍と一致する。
まるでルパンが置いていく名刺のように、靴下は土地にまつわる痕跡を刻んでいた。

依頼人は現れないが登記申請は出された

驚くことに、封筒が届いて2日後、法務局から申請書が届いた。
時効取得を原因とした所有権移転登記申請。代理人の記載はなし、本人申請の体裁。
僕は鳥肌が立った。これは、まるでサザエさんに突然登場した裏キャラのようだ。

署名はあるが印鑑証明が偽物の気配

添付された印鑑証明書は、明らかにコピーを加工したものだった。
本物と照らし合わせれば一目瞭然の粗さ。しかも、発行市が登記地とは別の自治体。
不正申請の匂いが、濃くなってきた。

提出された公図には奇妙な補正線

公図のコピーには、鉛筆で引いたような斜線が引かれていた。
まるで、隣地の一部をなぞるように書かれている。
僕は、ふと目の前の靴下を見つめた。誰が、何のためにこんな回りくどい手を?

ぼくの過去と似た風景に嫌な予感が走る

それは高校時代のグラウンドの近くだった。僕が三振した最後の打席。
「打てなかったくせに、なぜか妙に記憶に残ってるんですよ」
その土地の隣の家の名前が「山本」だったことを、ふとした瞬間に思い出す。

高校時代のグラウンドがあった場所

昔の登記簿を確認すると、グラウンドの土地は20年前、ある宗教法人に寄付されていた。
だがその隣接地の名義がいつのまにか変わっている。
靴下が落ちていた場所と、正確に一致していた。

やれやれ、、、思い出まで絡んでくるのか

なんでもかんでも首を突っ込むクセ、治したいとは思ってるんだけどな。
でも、放っておけない性分だ。
僕は机から立ち上がり、サトウさんの背に声をかけた。「ちょっと、法務局行ってくる」

法務局で靴下と同じ模様の布を見つける

旧記録の中に、奇妙なものを見つけた。破れた書類の隅に貼られた布片。
その模様は、まぎれもなくあの靴下と同じだった。
一部の権利書類が、数年前に誰かによって閲覧された形跡もあった。

なぜか保管資料に挟まれた私物の布片

そんなものがあること自体、本来ならおかしい。
けれど、権利証の裏に挟まれたその布片は、「記念に」と持ち主が保管したと考えれば説明はつく。
問題は、それを誰が、どう使おうとしているかだ。

登録免許税の不自然な納付履歴

3年前に登記が動いた際、登録免許税が実勢価格に対して異様に低い。
評価額をごまかすため、建物を「古屋」として申告していた。
この時点で、悪意の第三者が存在すると確信した。

全ての鍵は三年前の登記変更だった

当時提出された登記申請書類に添付された「承諾書」は、既に死亡した人物の署名だった。
これは明らかに私文書偽造。法務局の調査部も動き出した。
全てのパズルのピースが、ぴたりとはまっていった。

時効取得を隠れ蓑にした名義ロンダリング

実態は、遺族を装って不動産を自分の名義に移すスキームだった。
そこに時効取得の理屈をかぶせて、真実を見えにくくしていた。
しかし、片方の靴下が、すべての偽装の出発点だったとは皮肉だ。

意外な人物の名が登記簿に記されていた

最終的な申請人の名前は、「山本恵理」。
グラウンドの隣に住んでいた、僕の同級生だった。
彼女は父の土地を守ろうと、独自に動いていたのだ。

靴下の持ち主を追い詰める論理

その靴下は、亡くなった父の形見。
法的には道を誤ったが、彼女の想いは一貫していた。
登記上は取り消しとなったが、不起訴という結果になった。

繋がった証拠はたった一枚の固定資産評価証明

真実をつかんだのは、たった一枚の書類だった。
そこに記された家屋番号と、納税者の名が、すべてを繋いだ。
サトウさんが無言でコピーを差し出したとき、僕は軽く頭を下げた。

ついにサトウさんも動く

彼女はすでに、証拠提出の準備を整えていた。
「念のため、まとめておきました」と事も無げに言う。
やっぱり、この事務所は彼女で回ってる気がしてきた。

真犯人はかつての地主の娘だった

彼女は罪を認めた。
「父が遺したものを、無かったことにしたくなかった」
その言葉に、僕は何も返せなかった。ただ、書類を静かに片付けた。

境界杭を動かし続けた長年の計画

最初は小さな杭のズレだった。
そこから少しずつ、現地と地図が食い違っていった。
「誰も見てないと思ったのよ」と彼女はつぶやいた。

あの靴下は父の形見だったという

母が編んだという、手製の靴下だった。
もう片方は、父の棺に一緒に入れたらしい。
登記簿には残らない、想いの記録だった。

全てが片付いたあとに残ったのは

事件は終わり、土地も元の持ち主に戻された。
僕の机には、あの靴下と一通の手紙が残された。
感謝の言葉と、さようならの文字だけが、淡く記されていた。

一片の布と一通の感謝状

どこにでもある布切れが、ここまでの物語を紡いだ。
法務局で預かった布片は、彼女に返された。
きっと、今度こそ正しい場所に保管されるだろう。

そして今日もサトウさんは無言で仕事をする

何事もなかったかのように、淡々と仕事を進めるサトウさん。
僕が思い出に浸っていても、彼女のタイピングの音は止まらない。
「靴下、捨てますね?」とだけ言って、また静かに机に戻っていった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓