申請書に紛れた最後のメッセージ

申請書に紛れた最後のメッセージ

朝の郵便物に紛れた一通

午前九時。いつものように届いた分厚い封筒の山に目を通していた俺は、一通の申請書で手を止めた。
封筒の差出人名は聞いたこともない司法書士事務所。ただ、どこかで見覚えのある筆跡があった。
そして何より、その封筒には異様な重さがあった。中には一枚の登記申請書と、小さなUSBメモリが入っていたのだ。

申請書の違和感

提出された内容は形式上、何の問題もない。不動産の所有権移転登記、原因は売買。添付書類も一通り揃っている。
だが、俺の長年の勘が告げていた。「この書類、どこかがおかしい」
印影が妙に整いすぎている。何よりも、添付された委任状の筆跡に微かな既視感を覚えたのだ。

USBが語るもう一つの意思

なんとなくそのUSBを差し込んでみると、音声ファイルが一つだけ保存されていた。
「この申請には、裏がある。受理するなら調べてほしい」
くぐもった男の声がそう囁く。やれやれ、、、今日は静かな一日になると思っていたのに。

依頼人の名前を追って

俺は登記原因となる契約書の中に記された売主の名前を見て、驚いた。
数年前に相続登記で関わった高橋美代子という女性だ。だが、その女性はすでに亡くなっていたはずだ。
もしこれが偽造ならば、事件は民事を超えて刑事になる。

登記記録と齟齬の謎

さっそく法務局で過去の登記記録を追ってみると、奇妙な点が浮かび上がる。
本来であれば登記原因証明情報のコピーが添付されているはずだが、PDFのメタデータに不自然な改ざん痕があった。
まるで誰かが、存在しない契約をつくり上げたかのように。

消えたはずの所有者

さらに、俺が数年前に関わった相続登記では、今回売主として名が挙がっている高橋美代子の持分は既に消滅していた。
それがなぜ今になって、所有者として書類に現れているのか。
サザエさんで言えば、亡くなったフネさんがまた家計を握っているようなものだ。

サトウさんの冷静な推理

「USBを見せてください」そう言ってきたサトウさんは、無表情にファイルを再生しながら、眉ひとつ動かさない。
「この声、ノイズを除去すれば誰か特定できるかもしれません」
言われて編集してみると、驚くことに、それは地元でよく知られる不動産業者の社長の声だった。

職印の跡に残された不自然

申請書に押された職印には、ある違和感があった。朱肉の濃淡が不自然で、印影がまるでプリントしたように整っていたのだ。
「これ、実印じゃないですね」サトウさんの指摘に俺も頷く。
つまり、この申請書は本物を模した偽物の可能性が高い。

元データと一致しない署名

俺は以前関わった案件から保存していた過去の契約書と照らし合わせてみた。
高橋美代子の署名と、今回の申請書の筆跡がまったく一致していなかった。
つまりこれは、彼女が書いたものではない。

USBの中の録音ファイル

音声ファイルには続きがあった。
「俺も怖いが、もう限界なんだ。これを見た人が真実を暴いてくれることを願っている」
自分の身に危険が及ぶことを覚悟していたのだろう。

「この申請には裏がある」

この言葉が、繰り返されていた。まるで何かの暗号のように、音声の間に不自然な沈黙が挟まれていた。
サトウさんがファイルの波形を見て気づいた。「ここ、カットされてる。何かを隠してるわね」
それは日付と時間の部分だった。

名乗らない声と時刻の記録

録音されたファイルのタイムスタンプと、申請書に記された作成日付がぴったり一致していた。
つまりこの申請は、その録音がなされた直後に作成されたということ。
声の主は、確信犯だった。

やれやれ、、、現場に出ることに

こうなってはもう、事務所にこもっているわけにもいかない。
俺は重い腰を上げ、かつての所有者が暮らしていた町へと向かった。
まるで探偵モノの後半パートに入ったような気分だ。

旧所有者の隠れ家を訪ねて

朽ちかけた古い家。インターホンを押しても誰も出ない。
ふと裏口を見ると、ドアに不自然なこじ開けの跡があった。
中に入ると、机の上に新たなUSBが置かれていた。

そこにいたのは意外な人物

ガタリと音がして振り向くと、そこにはあの不動産業者の社長がいた。
「あなたが来ると思っていましたよ」
薄く笑うその表情は、覚悟の上というより諦めに近かった。

司法書士の名を騙る者

彼は語り出した。土地を横流しし、相続人が現れる前に転売しようとしていたことを。
司法書士の名前を騙り、架空の契約書を作り上げたことを。
そしてその罪を、別の司法書士に擦り付けようとしたことを。

偽造印と真の動機

動機は金だった。借金、投資の失敗、税金の未納。
不動産は最後の頼み綱だったのだ。
だが、罪を暴いたのは正義感ではなく、録音していた仲間の裏切りだった。

登記を利用した財産の横取り

本件は刑事事件として警察に引き渡された。
登記制度の信頼を逆手に取った悪質なケースとして扱われた。
司法書士の名前を汚すような行為が許されてはならない。

シンドウの一計

俺は申請書をあえて受理せず、再提出を促すという罠を仕掛けていた。
そこで記載ミスをさせ、自白を引き出す手筈だったのだ。
サトウさんは無表情ながら、「少しは使えるようになりましたね」と呟いた。

敢えて再申請を誘う罠

申請の却下理由にあえて些細なミスを指摘し、再提出させることで言質を取る。
そうすることで、登記原因の嘘が露呈するよう仕向けた。
相手はまんまと引っかかってきた。

USBに込められた告発の意味

最初に送られてきたUSB。それは単なる証拠ではなかった。
内部告発者の最後の良心だったのだ。
俺たちはその想いに応えたに過ぎない。

サトウさんの一言で幕引き

「まあ、たまには役に立ちましたね」
塩対応ながら、どこか誇らしげな表情を見せるサトウさん。
俺はというと、もうすぐ訪れるであろう次の面倒ごとを想像して、ため息をついた。

本当に見抜かれていたのは誰か

ふと思う。今回、真に主導していたのは俺なのか、それともサトウさんなのか。
やれやれ、、、結局いつも彼女に助けられている気がする。
司法書士とは、名ばかりの肩書なのかもしれない。

それでも日常は続く

事務所に戻ると、また封筒が山積みだった。
机の上には、新たな申請書と、妙に重いレターパック。
今日も俺たちの事件は、どこかで始まっている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓