登記簿の行間に潜む罠

登記簿の行間に潜む罠

不審な依頼人との出会い

その日、午後の書類整理に追われていた僕の事務所に、ひとりの男が現れた。
スーツは高そうだったが、どこか落ち着きのない目をしていた。
「この遺言書に基づいて、至急相続登記をお願いしたいんです」と彼は言った。

突然の訪問者と「急ぎの登記」

提示された遺言書は公正証書ではなく、自筆証書だった。
封印はされておらず、検認済みの印もない。
それでも彼は「時間がない」と繰り返し、まるで追われているかのようだった。

相続登記と一通の遺言書

対象の不動産は市内にある空き家。
被相続人は彼の父親だというが、登記簿上の住所と遺言の日付に微妙な違和感があった。
経験から来る「イヤな感じ」が、僕の背中を撫でていく。

違和感の正体

僕の仕事は登記手続きだが、嘘を見抜くのもまた大事な仕事だ。
そして、その嘘の大半は「書類」の中に潜んでいる。
特に「登記簿の行間」は、時に誰より雄弁に語るのだ。

遺言書に潜む不自然な要素

遺言には「長男に一切の不動産を相続させる」と書かれていた。
しかし、その父親はかつて「全財産は均等に」と語っていたらしい。
文字の震え方が不自然で、まるで誰かの手が添えられていたようにも見えた。

サトウさんの冷静な指摘

「筆跡、父親の過去の契約書と比べました? 微妙に違いますね」
サトウさんは淡々とファイルを並べた。
僕が気づかなかった微細な違いを、彼女は見逃さなかった。

調査開始

このまま登記を進めれば、取り返しのつかないことになるかもしれない。
念のため、法務局と公証役場、それから被相続人の戸籍をたどることにした。
昔の探偵漫画じゃあるまいし、と思いながら、僕は自転車にまたがった。

法務局での閲覧調査

登記簿を閲覧すると、父親の住所変更が遺言作成日より後になっていた。
つまり、遺言が作成された時点では、父親はその住所に住んでいなかったことになる。
サザエさんの時間軸なら何でもアリかもしれないが、現実はそうはいかない。

過去の名義変更と矛盾

さらに奇妙なことに、過去の名義変更の直後に別の申請が却下されていた記録があった。
理由は「本人確認資料の不備」。つまり、何者かが無理に登記を通そうとした痕跡があったのだ。
そのとき僕の中で何かが繋がった。

封印された関係者の証言

少し遠い町の施設に、被相続人の兄が入所しているという情報を得た。
「弟は全財産を子どもたちに均等に分けると言っていた」と語るその言葉に、僕の背筋は冷えた。
遺言書の内容とは、明らかに矛盾していた。

施設に暮らす元依頼人の兄

「弟はな、最後まで心配してたんだ。長男は仕事もせんで金ばかり無心しててな…」
兄の声には苦みと悔いが混ざっていた。
本当の遺志を、誰も守ってくれなかったのかもしれない。

「あれは書いてない」と語る真相

兄の証言は、遺言に記された文言とは正反対だった。
「俺が聞いたときは、“長男には一銭もやらん”って言ってたぞ」
やれやれ、、、もう少し早く聞けていればな。

証拠を追って

僕たちは念のため、筆跡鑑定を依頼することにした。
司法書士にしてはやりすぎかもしれないが、気になって仕方がない。
正義感だけでは飯は食えないが、知らぬふりもできない。

筆跡鑑定と印影のズレ

結果は「本人筆跡ではない可能性が高い」。
さらに印影も微妙に位置がズレていた。
きっと、誰かが遺言書を「再現」しようとしたのだ。

やれやれ僕の出番かもしれない

調査結果と共に、僕は依頼人にこう伝えた。
「登記はできません。これは不正な遺言の可能性があります」
彼は怒りを隠しきれず、書類を叩きつけて出て行った。

登記簿が語るもう一つの物語

その後、警察に相談した結果、遺言書の偽造が発覚。
長男は事情聴取を受け、遺産分割は家裁で争われることになった。
登記簿はただの帳簿じゃない。事実の積み重ねなのだ。

名義変更の時系列と遺言の不一致

もし僕らが見逃していれば、父親の意志は踏みにじられていたかもしれない。
たかが住所、されど住所。そこにこそ、真実が宿ることもある。
地味な仕事だけど、たまには悪党に一泡吹かせることもあるのだ。

サザエさん時空と現実の差異

この世に波平はいない。
登記は一度つけたら元に戻らない。
だからこそ、間違いは許されない。

真犯人の動機

結局、すべては金だった。
兄弟の確執、父親への不満、遺産への欲望。
ありふれているが、誰もが陥る罠でもある。

財産をめぐる執念

彼は自分の努力ではなく、親の遺産で人生を変えようとしていた。
そのために法律を、登記を、そして僕ら司法書士をも利用しようとした。
でも、法の網は意外と細かいんだよ。

弟のためという偽善

彼は言った。「弟のためなんです。アイツは使い方を知らないから」
しかしそれは、兄を装ったただの独占欲だった。
善意を名乗る悪意ほど厄介なものはない。

最終的な判断

この事件は、登記という記録がなければ明るみに出なかったかもしれない。
記録を侮る者は、記録に泣く。
僕の仕事は、記録の番人でもある。

司法書士としての選択

依頼を断るというのは、収入を断つことでもある。
でも、僕には守るべき線がある。
それは、きっと「サトウさんの冷たい視線」よりも鋭い。

登記申請を止めた理由

それは疑いでも不安でもなく、「確信」だった。
この登記を通すわけにはいかない。
例え相手に罵倒されようとも。

すべてが明かされたあと

事件は新聞沙汰にはならなかったが、町の噂にはなった。
僕の元には「登記の相談」が増えたが、なぜかみんな目を逸らしていた。
「ちゃんと調べる司法書士がいるらしい」という噂が、一人歩きしていた。

依頼人の沈黙と涙

後日、弟が事務所にやってきた。
「ありがとうございました」と一言だけ告げ、深く頭を下げて帰っていった。
僕はただ、書類のホコリを払っていた。

正義と現実のあいだ

たまに僕は思う。
正義って、得にならないな。
でも、たまに気持ちがいいこともある。

サトウさんとの余韻

「やれやれ、、、また妙な事件でしたね」
そう言いながら、僕はコンビニの袋からアイスを取り出す。
「ま、いつも通りドジは踏んでましたけど」と、サトウさんが笑った。

「ま、いつも通りドジは踏んでましたけど」

うっかりは僕の専売特許だ。
でも、そのうっかりが事件を解く鍵だったと、僕は思っている。
そう、うっかりが、正義を呼ぶことだってあるんだ。

帰り道のアイスクリーム

夜の風が少し涼しくなってきた。
僕はアイスをかじりながら、空を見上げた。
今日も一日、どうにか無事に終わった。それで十分だ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓