鍵のかかった真実

鍵のかかった真実

朝一番の不穏な訪問者

その男は無言だった

まだコーヒーの香りすら立ち上らない朝八時、チャイムが鳴った。 開けてみると、年の頃は六十を過ぎたであろう男が、古びたスーツ姿で立っていた。 「私書箱について、相談があります」そう言ったきり、男はそれ以上を語ろうとはしなかった。

私書箱番号三一七の依頼

封じられた秘密の扉

男が差し出したのは、郵便局の私書箱の鍵だった。番号は「317」。 「亡くなった兄が使っていたものですが、開けてはいけないと遺言にある」 だが、相続登記にはその中身が重要だという。なんとも厄介な話だ。

開けられない箱の謎

封印された意志

通常、私書箱に遺言書が入っているとは考えにくい。 だが、兄弟間での確執があったのなら話は別だ。遺言執行者を通さずに遺言が存在した場合、法的にもややこしいことになる。 「やれやれ、、、朝からめんどくさい案件だな」

サトウさんの冷静な観察

塩対応の切れ者

「この人、嘘をついてますね」サトウさんがぽつりと言った。 どうやら、提出された戸籍の筆跡と、今の依頼人が持参した兄の手紙の筆跡が一致していないというのだ。 まるでコナンくんのような指摘に、思わず「バーロー」と呟きそうになる。

差出人不明の封筒

届いたのは過去からの手紙

翌日、事務所に謎の封筒が届いた。宛名も差出人も無記名。 中には「317を開けるな 真実は罪だ」という乱雑な文字のメモだけが入っていた。 誰かがこの箱の中身を隠そうとしている。いや、守ろうとしているのか?

遺言書と消えた被相続人

登記簿には名がない

調査の結果、「亡くなった兄」とされる人物は登記簿上、十年前に既に死亡していることが判明した。 依頼人が言う「最近亡くなった兄」とは、まったくの別人だったのだ。 「こりゃあ、、、登記以前に身元詐称ですね」

郵便局長が語った秘密

鍵を渡した本当の理由

郵便局に確認したところ、317番の私書箱は一度も解約されていなかった。 しかも、鍵の交換履歴があった。数年前、”依頼人”と名乗る人物が鍵を紛失したと言って交換を申し出たという。 まるでキャッツアイのような巧妙な偽装工作だ。

やれやれと言いながら動き出す

鍵の真実へ

「やれやれ、、、また役所と警察の連携か」 仕方なく、地元警察に情報提供し、郵便局から正式に箱の開封許可を得る手続きに動いた。 しかし、心のどこかで、この箱の中には誰かの人生が詰まっている気がしてならなかった。

手紙の中に書かれた遺志

名前のない告白

開封された私書箱には、古い手紙と写真が入っていた。 「あなたが兄である証拠は何一つありません」 それは、依頼人が他人であることを示す証拠ではなく、真の兄弟関係を否定する被相続人自身の遺志だった。

登記簿から浮かび上がる真実

血よりも強い証明

戸籍上では兄弟だが、実際には養子縁組もなされておらず、実の兄弟ですらなかった。 つまり、相続権はない。だがそれでも、兄を名乗る男がこの箱を守ろうとしたのはなぜか。 遺志の中に、その答えがあった。「彼は唯一、私に人間らしさをくれた人だった」と。

鍵を握るのは誰か

登場人物の誰もが怪しい

郵便局長の証言、謎の封筒、男の偽証、そして被相続人の真実。 すべての点が線になり、事件の全貌が明らかになった時、鍵を握っていたのは封印された心そのものだった。 「鍵のかかったのは、私書箱じゃなくて人間の思いだったのかもな、、、」

遺言か偽装かそれとも罠か

すれ違う記憶の交差点

最終的に、偽の兄は詐欺未遂で告発された。 しかし、彼がなぜそこまでして故人の名を使いたかったのかは、完全には語られなかった。 思い出は時に、登記よりも深い闇を抱えている。

思わぬ人物の関与

静かに見守る局員

サトウさんが見抜いた通り、すべての始まりは郵便局長だった。 局長は亡くなった被相続人と長年文通をしていた旧友だったのだ。 真実を守るために鍵を交換し、最後まで黙っていた。

真実は私書箱の奥にあった

封を切るということ

結局のところ、司法書士としての私は、ただ鍵を開けただけだったのかもしれない。 だが、その「ただ」が人生を左右することもある。 「やれやれ、、、また誰かの人生の裏口を覗いちまったな」

シンドウの地味な逆転劇

野球でいうとバントヒット

サトウさんに言わせれば、僕の活躍は「9回裏ツーアウトからの内野安打」らしい。 確かに派手ではないが、勝ちは勝ちだ。 依頼人が残した唯一の言葉は「ありがとう」だった。

静かに閉じる郵便受けの扉

終わりと始まりの隙間

私書箱317は、その後しばらく空席になった。 誰も借りることはなく、時間だけが通り過ぎていった。 それでも私は時折、ふと郵便局の前で立ち止まってしまうのだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓